末國善己の収穫10冊
かくして彼女は宴で語る 明治耽美派推理帖(宮内悠介/幻冬舎)
孤剣の涯て(木下昌輝/文藝春秋)
はぐれ鴉(赤神諒/集英社)
やっと訪れた春に(青山文平/祥伝社)
塞王の楯(今村翔吾/集英社)
北斗の邦へ翔べ(谷津矢車/角川春樹事務所)
六つの村を越えて髭をなびかせる者(西條奈加/PHP研究所)
広重ぶるう(梶よう子/新潮社)
おんなの女房(蝉谷めぐ実/KADOKAWA)
咲かせて三升の團十郎(仁志耕一郎/新潮社)
※文章登場順
歴史を描きながら謎を解く! 時代ミステリが続々登場
今年は、時代ミステリが豊作だった。
会合で語られる不思議な話をめぐり、〈牧神(パン)の会〉の会員が推理合戦を繰り広げる宮内悠介『かくして彼女は宴で語る 明治耽美派推理帖』は、最終的に謎を解くのが女中のあやのという趣向も含め、アシモフ『黒後家蜘蛛の会』へのオマージュになっている。収録の六作は徹底した時代考証をトリックに活かしており、特に「さる華族の屋敷にて」は出色。格差や差別など現代と重なるテーマも描かれ、社会派推理小説としても卓越していた。
木下昌輝『孤剣の涯て』は、徳川家康を呪詛したのが誰か捜して欲しいと頼まれた宮本武蔵が、大坂の陣直前の上方で犯人を追うことになる。
呪術に妖刀・村正が使われたと知った武蔵が、村正を持つ武士と戦い犯人をあぶり出そうとする前半は、剣豪小説としても面白い。後半になると、武蔵が論理的に謎を解き、それが豊臣方との合戦に影響を与えていくので、今までにない大坂の陣を目にすることになるだろう。
赤神諒『はぐれ鴉』は、江戸時代初期に竹田藩城代の山田嗣之助の一族郎党二十四名が、縁戚の玉田巧佐衛門に惨殺された事件を、唯一生き残った山川才次郎が調べていくことになる。
仇討ちのため帰郷した才次郎は、被害者の数が記憶と違っていることや、同僚と群れないためはぐれ鴉の異名を持つ巧佐衛門が、領民に慕われている事実を知る。謎の焦点は動機に絞られているが、その壮大なスケールに圧倒されるのではないか。才次郎が善政を行う巧佐衛門を斬るかで悩む展開は、理想の為政者とは何かを問い掛けており考えさせられた。
青山文平『やっと訪れた春に』は、本家と分家から交互に藩主を出している橋倉藩が舞台となっている。
十二代藩主になる予定だったが、相続遠慮を申し出た分家の重政が殺された。奇妙な事件の動機を調べる『半席』を発表している青山だけに、本書も動機が秀逸だが、意外な犯人にも驚かされた。本書の動機には、引退後の人生のあり方がからんでいるので、我が身を振り返る中高年の読者が少なくないように思えた。
今村翔吾『塞王の楯』は、絶対に落ちない城を造って戦国時代を終わらせたい穴太衆の匡介と、大量殺戮兵器ができれば抑止力が生まれ平和になるとの信念で新しい鉄砲を開発する国友衆の彦九郎のライバル関係を軸にしており、合戦のスペクタクルが連続する。平和をもたらすのは、防衛力か、攻撃力かを問う本書は、日本の安全保障問題にも通じる現代的なテーマを描いていた。
箱館戦争を題材にした谷津矢車『北斗の邦へ翔べ』は、新政府軍の下で働く松前藩士の少年・春山伸輔と、元新撰組副長の土方歳三の動向を追うことで進む。ただ中盤以降は、社会に切り捨てられた貧しい人々が蜂起しアナーキーな第三勢力になるフィクションが織り込まれ先が読めなくなるだけに、予想を超える展開が続く。お家の復権という古い価値観に縛られていた伸輔が、夢を語る土方の影響を受けて次第に前向きになる展開は、生きる勇気と希望を与えてくれる。
西條奈加『六つの村を越えて髭をなびかせる者』は、最上徳内を主人公にしている。幕府の蝦夷地見分隊の末席に加わった徳内は、松前藩と請負商人がアイヌを差別、搾取している現状を目にする。見分隊は、アイヌへの仕打ちを幕府に報告しようとするが、松前藩は必死に抵抗する。アイヌ差別は今も根強いが、徳内はまったく偏見を持たなかった。多文化共生の先駆者だった徳内から、現代人が学ぶべきことは多い。
梶よう子『広重ぶるう』は、歌川広重の一代記である。葛飾北斎が使った輸入品の顔料(ベロ藍)に魅了された広重は、ベロ藍を使った新しい風景画を描くが、売れ行きは今ひとつ。ようやく『東海道五拾三次』が大ヒットするが、人気が出た後の広重の人生も決して順調ではなく、版元の要求で意に沿わない仕事を引き受けることもあった。こうした葛藤は働いていれば誰もが経験するので、広重への共感も大きいだろう。
デビュー作『化け者心中』が中山義秀文学賞などを受賞した蝉谷めぐ実は、二作目の『おんなの女房』でも野村胡堂文学賞を受賞した。歌舞伎役者の女房に着目した連作短編集の本書は、役者の女房が夫の浮気を疑う、新作で男女の役で共演する役者が衆道の関係なのかが中心になるなどの日常の謎が描かれている。女形に嫁いだ米沢藩士の娘を狂言回しにすることで、女性を抑圧する社会制度や性的マイノリティの問題などを浮かび上がらせた手法も鮮やかだった。
仁志耕一郎『咲かせて三升の團十郎』は、七代目市川團十郎の波瀾の生涯を描いている。七代目は天才でスターだが、ライバルを過剰に意識し、女遊びや子供の教育方針で妻と争うなど等身大の姿も活写されており、身近な存在に思えるようになっている。多くのトラブルに直面した七代目は、政治と経済が混乱し、天災、流行病も相次いだ幕末も江戸っ子を勇気づけるため舞台に立った。幕末の状況が現代と似ているだけに、七代目の心意気には深い感動がある。
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第166回直木賞 今村翔吾『塞王の楯』<受賞のことば>
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『烏の緑羽』阿部智里・著
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応募期間 2024/10/09~2024/10/16 賞品 『烏の緑羽』阿部智里・著 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。