革命を“友として”支えた日本人
薩摩・琉球・朝鮮を舞台とする『天地に燦たり』でデビューし、樺太に生きるアイヌの物語『熱源』で直木賞を受賞。境界で揺れる人々を見つめ続ける著者が本作で描くのは、日中の友情。孫文の革命を資金面で支援した日本人・梅屋庄吉の一代記だ。川越さんは前作『海神の子』執筆の取材で訪れた長崎で、初めて梅屋を知った。
「長崎出身ということで資料館があるのを県職員の方に教えていただいて。一人の友人として孫文を支え続けた、意志の強さが印象に残りました」
貿易商・梅屋商店の養子として育った庄吉は、投機に失敗して長崎を出奔する。遍歴を経て辿り着いた香港で出会ったのが、「西洋の覇道に、東洋は王道をもって向き合うべし」と唱える若き孫文だった。かつて航海中に白人による東洋人差別を目の当たりにした庄吉は、その理念に共感し、敬慕の念を抱くようになる。
「孫文という人物は歴史的にあまりに大き過ぎて、小説の登場人物、つまり個人としてとらえるのが難しかったです。僕なりに向き合った結論としては、多面性の人。史実では一貫しない言動もあり、一面だけ書くのは違うな、と。なので、神格化された偉人でも後世の研究評価でもなく、あくまで梅屋の目を通した孫文を描こうと努めました」
広い中国の各地で蜂起と失敗を繰り返す革命に、日本から湯水のように金を注ぎ込む庄吉。自身が破産に瀕してさえ怯まない姿は清々しいほど。
「自分があれこれ悩む性格なので、豪快な人物に惹かれるんです。ご子孫が書かれた伝記を手始めに、そこに記された参考文献、そのまた参考文献、と枝を広げるように調べていきました。梅屋が活躍した時代は、日本も中国も、アジアも、世界中で情勢が複雑化していく時期。時代背景を把握するために膨大な資料を読みました。この資料がまた面白いので、書かずに下調べだけで一生かけても良いくらい(笑)」
それに区切りがついたのは、庄吉が上海で出会う女性・登米のキャラクターが決まった時だった。他にも母や妻たち女性の存在が物語を牽引する。
「革命を正しいと信じて突き進む庄吉と違い、一歩引いた場所から相対的に見られる登米が、書き出すために不可欠でした。変革の時というのは、ぱっと登場した一人の英雄が新しい世界を作るように見えます。たとえば孫文のような。でも実はそこまでに人々の準備が整っていて、英雄は着火剤に過ぎないのではないか。様々な要素がバランスを取り、拮抗しつつ少しずつ前に進んでいくのが歴史ではないか。そう考えて僕は小説を書いています」
かわごえそういち 1978年鹿児島県生まれ。2018年『天地に燦たり』で松本清張賞を受賞しデビュー。20年『熱源』で直木賞受賞。ほか、著書に『海神の子』がある。