電力会社や建設会社の社員、広告代理店の経営者、産業用機械とロボットのエンジニア、NGO職員、民俗学者、仏画師、市場の牡蠣売り……。これらは、本書の登場者が農業に携わる前に就いていた職業、あるいは現在も兼業している職業の一部である。ほかに、大学を中退して農業に就いた人、大学院で遺伝子について研究していた人もいる。登場者の性別と国籍の内訳は日本人男性6人、日本人女性3人、外国人男性2人で、本書はそれぞれの大胆でユニークな取り組みを取材し、レポートしたものだ。
こうして書き出してみると、農業という仕事の懐の深さと大きなポテンシャルを感じる。学歴もキャリアも、性別も国籍も関係ない。農業というフィールドに立てば、みな平等。そこからどういうアプローチをするのかも、自由。やる気、根気、勇気、そして閃きさえあれば、日本、そして世界で勝負ができる。そんな仕事がほかにあるだろうか?
さまざまな境界を越えて
本書は、2年前の2019年10月に出版した『農業新時代 ネクストファーマーズの挑戦』の続編である。この第一弾は、発売当初から予想を超える反響があり、今回の第二弾につながった。
本書のテーマは、「越境」。国境を越えて外国に行くというイメージが強いが、「農業のグローバル化」を問いたいわけではない。越境という言葉を検索してみると「境界を越えること」とある(精選版 日本国語大辞典)。冒頭には職業的な「越境」を記したが、それ以外にもさまざまな境界を越えて農業に挑む11人が登場する。どんな人たちなのか、一部を紹介しよう。
例えば、本文一番手の加藤百合子さんは東大卒のエンジニアでNASAのプロジェクトに参加したこともある課題解決のプロ。静岡の産業機械メーカーの研究職に就いていた時は、出産育児をしながらわずか2年で、毎年数十億の売り上げを叩き出すアルゴリズムを独自に開発した。
しかし、ふたり目の子どもを妊娠し、産休に入ってゆっくり考える時間ができた時に、もともと環境問題や食糧危機に関心があり、農業を志していたことを思い出し、間もなく起業。生産者、物流会社、行政などを巻き込んで、地産地消を促し、地域に小さな経済圏を作る新しい流通網「やさいバス」を生み出した。彼女の場合、職業的な越境だけでなく、業界を越えた取り組みで新風を吹き込んでいる。
海の向こうから日本にやって来たのは、由緒あるお寺の家に生まれ、仏画師をしていたネパール人のダルマ・ラマさん。日本人の妻との結婚を機に来日し、富山で仏画師として活動していたが、たまたま出会った小松菜生産者から明るく穏やかな性格や手先の器用さを買われて、すべてを引き継ぐことになった。その後、イチから農業を学び、見事に事業を拡大して、農業で母国と富山をつなぐビジネスも始めている。詳しくは本文を読んでほしいが、彼の場合、特筆すべきは日本で職を得た後、故郷に「日本の働き方」を輸出していることだ。
その発想力に驚かされたのは、京都おぶぶ茶苑の副代表、松本靖治さん。元建設会社のエンジニアで、個人トレーダーでもある松本さんが考案した「茶畑オーナー制度」は、農業におけるサブスクリプションモデルの先駆けだ。さらに、インターンという言葉が定着するだいぶ前の2012年には外国人インターンを受け入れ、彼らの意見を取り入れた外国人観光客向けのティーツアーは、参加者が年間1500人を超える人気になった。生産者は農作物をシンプルに売るだけという常識を覆す存在である。
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