- 2023.05.03
- コラム・エッセイ
「現代アーティストとしての坂本龍一」を振り返る――音楽から現代アートへの接近、そして越境
透明ランナー
透明ランナーのアート&シネマレビュー「そっと伝える」
出典 : #WEB別冊文藝春秋
"教授"と呼ばれたアーティストが亡くなりました。
坂本龍一(さかもと りゅういち、1952-2023)は2000年代以降、音楽家や社会運動家としての活動の一方で、大型のサウンド・インスタレーションを次々と手掛け、美術展や国際芸術祭へ精力的に参加し、現代アート界に接近していきました。
2012年に東京都現代美術館で音楽と現代アートに関する展覧会をプロデュースし、2014年には札幌国際芸術祭の初代ゲストディレクター(総合芸術監督)を務めました。2021年、北京の美術館で彼の現代アート作品が集結する大規模な個展が開かれました。2022年のヴェネツィア・ビエンナーレ国際美術展には、日本代表作品のプロジェクトメンバーとして参加しています。
このような旺盛な活動にもかかわらず、彼が「現代アーティスト」として認知されることはありません。追悼報道でも現代アートとの関連が紹介されることはほとんどありませんでした。
彼はどのような作品を手掛け、それは現代アートの文脈でどう位置づけられるのでしょうか。彼はなぜ現代アートへの「越境」を試みたのでしょうか。
この記事では彼が制作してきたサウンド・インスタレーションの歴史を辿り、これまで顧みられることのなかった「現代アーティストとしての坂本龍一」を振り返るとともに、彼の思想の原点にあるアートとの繋がり、音楽と現代アートの接近について考えていきたいと思います。
坂本龍一のサウンド・インスタレーション
LIFE- fluid, invisible, inaudible… (2007年)
坂本龍一+高谷史郎
美術館で展示された坂本の最初期のインスタレーションであり、その後の現代アーティストとしての創作の方向性を決定づけたのがこの作品です。
真っ暗で広大な空間に、霧発生装置を備えた巨大な水槽が3×3=9個、空中に吊り下げられています。天井のプロジェクターからそれぞれの水槽と霧に映像が投影されます。1つの水槽に2台、計18台のスピーカーがセットされ、映像と音響がランダムに反応し合う作品です。
1999年に初演された坂本のオペラ作品『LIFE』は、20世紀を音楽、映像、音声、テクストでアーカイブする試みでした。本作は『LIFE』で使用された膨大なデータを素材とし、インスタレーションとして再構築したものです。動画を観るとそのインパクトが分かります。
silence spins (2012年)
オノセイゲン+坂本龍一+高谷史郎
2012年、東京都現代美術館で「アートと音楽-新たな共感覚をもとめて」という画期的な展覧会が開かれました。坂本が総合アドバイザーを務め、国内外で活躍するサウンド・アーティストが一堂に会する、史上稀に見る企画です。坂本はこの展覧会にふたつの作品を出品しました。
「silence spins」は、美術館の展示空間の一部を特殊な吸音・遮音素材で囲んだ「聴覚の茶室」です。人間が音の反射で耳から得ている空間情報を混乱させます。内部には高音の反射を遅らせる素材が用いられており、聴覚で把握する空間は実際より大きく感じます。
Collapsed (2012年)
坂本龍一+高谷史郎
もうひとつの作品「Collapsed」では、やや離れた距離に置かれた2台のピアノから断続的に音が発せられています。プラトンやW.B.イェイツらによる対話形式のテキストをアルゴリズムで変換し、MIDIで自動演奏させています。まるで2台のピアノが会話しているかのようです。演奏と同時にテクストがレーザーで空間の壁に投射されています。
音響と共に視覚化されたテクストがレーザーで投射されるという仕組みは、後に紹介するダムタイプとのコラボレーション作品「2022」とも共通するものがあります。
LIFE- fluid, invisible, inaudible… Ver.2 (2013年)
坂本龍一+高谷史郎
2003年に開館したメディア・アートの一大拠点、山口情報芸術センター[YCAM]。その10周年記念祭のアーティスティック・ディレクターに就任した坂本は、2007年の「LIFE- fluid, invisible, inaudible…」をバージョンアップさせた作品を制作しました。
空中に浮かぶ9つの水槽とオーディオという装置は同じですが、2011年の東日本大震災を経て、人間と自然の共生について考察した映像とサウンドが新たに追加されています。
Forest Symphony (2013年)
坂本龍一+YCAM InterLab
陸前高田の「奇跡の一本松」に感銘を受け、樹木が発する微弱な生体電位をもとに音楽を制作するというプロジェクトを始めました。世界各地の樹木にセンサーデバイスを設置し、ネットワーク経由で収集された生体電位データからサウンドを生成しています。
以前からコラボレーションを重ねている高谷史郎(たかたに しろう、1963-。ダムタイプのメンバーのひとり)がビジュアル・ディレクションを担当し、サウンドが空間の中で視覚的に表現されます。正十二面体のスピーカーとデータを視覚的に表現するモニターが、会場内の至る所に配置されています。
water state 1(水の様態1)(2013年)
坂本龍一+高谷史郎
YCAM InterLabと共同で、水滴の動きを制御し、自在に落下させられる装置を開発。その装置を用いたインスタレーションです。アジアの各地域の降水量に基づいて空間内に「雨」を降らせます。アジアのどこかの街の雨のデータが波紋によって視覚化されていきます。
LIFE–WELL(2013年)
坂本龍一+高谷史郎+野村萬斎
狂言師の野村萬斎(のむら まんさい、1966-)とのコラボレーションです。「LIFE- fluid, invisible, inaudible…」が配置された空間で、古典演目の上演、ピアノ演奏、朗読など、多彩なプログラムが行われました。
パフォーマンスの様子は撮影され、2022年10月にアートイベント「Yamaguchi Seasonal 2022」で上映されていました。ダイジェスト映像はこちらです。
LIFE–WELLインスタレーション(2013年)
坂本龍一+高谷史郎
野外能舞台がある山口市の野田神社に、人工的に発生させた霧と坂本のサウンドを融合させた空間を作り出した作品です。これも映像で観るとかなりインパクトがあります。後述する北京での大規模個展では場所を変えて再構成されています。
センシング・ストリームズ 不可視、不可聴 (2014年)
坂本龍一+真鍋大度
坂本がゲストディレクターを務めた第1回札幌国際芸術祭(2014年)で制作・展示されました。ライゾマティクスの真鍋大度(まなべ だいと、1976-)[1]とのコラボレーションです。人間が普段知覚することのない電磁波をセンシングし、可視化・可聴化したものです。鑑賞者が持っている携帯電話などに反応し、リアルタイムに映像・音が変化していきます。
人間がふだん知覚することのできない「電磁波」をセンシングし可視・可聴化するインスタレーション作品#坂本龍一 + #真鍋大度
— Rhizomatiks (@rhizomatiks) March 11, 2022
「センシング・ストリームズ 不可視、不可聴」#文化庁メディア芸術祭 企画展
AUDIBLE SENSES
〜13日(日) 11:00‒18:00
表参道ヒルズ @omohillshttps://t.co/Ht1BDtkTaY pic.twitter.com/8LKJNlpDPC
真鍋と坂本との出会いは2007年、「LIFE- fluid, invisible, inaudible…」の映像制作のプログラミング担当として参加したときでした(ライゾマティクス設立の翌年です)。真鍋は当時の印象について、「世代もあると思うのですが、そもそもぼくはYMOを全然通っていないんです。坂本さんを初めて知ったのは、まずは“映画音楽の人”として、でした」「それが『LIFE –』で一緒に作業をして、はじめて『こんなにガッツリと電子音楽をやる人なんだ!』と驚いたんです」[2]と述懐しています。
「センシング・ストリームズ」は第18回文化庁メディア芸術祭でアート部門優秀賞を受賞しました。2022年3月に開催されたメ芸関連イベント「AUDIBLE SENSES」でも展示され、私は札幌以来8年ぶりに再会しました。
async -drowning- (2017年)
坂本龍一+高谷史郎
2017年、8年ぶりとなるオリジナル・アルバム『async』のリリースを記念し、ワタリウム美術館で「坂本龍一 | 設置音楽」展が開催されました。坂本のサウンド・アーティストとしての活動を振り返る上で非常に重要な展覧会です。
ワタリウム美術館のフロアごとに異なるアーティストとのコラボレーションが行われています。2階はアルバム全曲の5.1chサラウンドMIXと共に、高谷が作り出した映像を鑑賞できるフロアです。
async - volume - (2017年)
坂本龍一+Zakkubalan
エレベーターに乗って3階に向かうと、坂本が『async』制作時に多くの時間を過ごした空間を抽象的な映像に変換した作品が広がっています。
コラボレーションしたのは空音央(そら ねお、1991-)とアルバート・トーレン(1992-)によるアーティストデュオ、Zakkubalanです。ニューヨークを拠点とし、ジャンルを横断した制作活動をしています。晩年のアー写も担当し、逝去時に多くのメディアで使われた坂本の写真には「Photo by Zakkubalan」というクレジットが入っていました。
ちなみに本人は自分からは言いませんが(隠しているわけでもありませんが)、空くんは坂本龍一の実子です。彼が撮影を担当したドキュメンタリー映画『Ryuichi Sakamoto: CODA』(2017年)は現在全国の映画館で再上映されています。
日本各地の映画館で坂本龍一ドキュメンタリー映画『Ryuichi Sakamoto: CODA』(2017年公開)が再上映!
— commmons (@commmons) April 11, 2023
福岡:Kino Cinema 天神
上映日:4/7(金)~https://t.co/AeAlnZ2t5F
東京:Cinema Chupki Tabata
上映日:4/8(土)~15(土)、5/8(月)~16(火)
*水曜休館https://t.co/769eIB0tM8
async - first light -(2017年)
坂本龍一+アピチャッポン・ウィーラセタクン
アルバム『async』収録の楽曲2曲にあわせ、タイの映画監督アピチャッポン・ウィーラセタクン(1970-)が新作映像を制作したビデオ・インスタレーションです。アピチャッポンについては後述します。
この動画はVimeoにアップロードされています。
IS YOUR TIME (2017年)
坂本龍一+高谷史郎
ワタリウム美術館の「設置音楽」展の続編として、2017年12月からNTTインターコミュニケーション・センター[ICC]で「坂本龍一 with 高谷史郎|設置音楽2 IS YOUR TIME」展が開催されました。
坂本は東日本大震災で被災した宮城県農業高等学校のピアノに出会います。いくつかの鍵盤からは音が鳴らなくなり、楽器としては使用不可能になっていましたが、彼は「自然によって調律された」と捉えました。『async』収録の楽曲「ZURE」ではこのピアノの音色が使われています。
「IS YOUR TIME」は、その「津波ピアノ」を世界各地の地震データによって「演奏」させるというインスタレーションです。
Forest Symphony (2020年)
坂本龍一+YCAM InterLab
山口市の常栄寺には雪舟の作と伝わる名勝「雪舟庭」があります。2013年の展示時に集められた樹木のデータを基に、「Forest Symphony」を寺という独特な空間に合わせてアップデートしたものです。タイトルは2013年と同じですが全く異なる作品と言えます。
2020年に展示が行われ、その後も定期的に再展示されています。直近では「Yamaguchi Seasonal 2022」で展示されていました。
water state 1(水の様態1)(2021年)
坂本龍一+高谷史郎
隅田川の南北約10kmをひとつの舞台に見立てた地域型アートプロジェクト「隅田川怒涛」で展示されました。2021年の「water state 1」で使用する水は隅田川の水を濾過したもので、使用する石は隅田川の本流である荒川の源流の秩父から採取した石です。
こちらも2013年の作品と題名は同じですが、展示場所の変更に伴って素材を変えています。インスタレーションのサイトスペシフィック性がより強調されています。
「坂本龍一:观音 听时|Ryuichi Sakamoto: seeing sound, hearing time」展(2021年)
2021年、坂本の8つの大型サウンド・インスタレーションを含む作品を展示し、現代アーティストとしての彼の業績を振り返る大規模な個展が開催されました。北京の美術館・木木芸術社区(M WOODS HUTONG)で開かれた「坂本龍一:观音 听时|Ryuichi Sakamoto: seeing sound, hearing time」展です。
代表作の「LIFE- fluid, invisible, inaudible…」「water state 1」や、ワタリウム美術館の3つの作品などが展示されました。霧発生装置を使った「LIFE–WELLインスタレーション」は野田神社とは全く異なる趣で再構成され、制作年は「2013年/2021年」と表記されています。
「音を観る、時を聞く」体験とは? 坂本龍一の過去最大規模の個展が北京で開幕https://t.co/m1Z2RzCrHz
— 美術手帖 ウェブ版 (@bijutsutecho_) April 19, 2021
MRプロジェクト(仮) (2020年~?)
坂本の両手にモーションキャプチャのマーカーを取り付け、動きを正確に記録し、坂本の死後もその演奏が保存・再現されるというプロジェクトです。MR(ミクスト・リアリティ)という技術が使われています。インスタレーションの可能性を拡張するメディア・アートの一種ということでここに含めました。
2020年12月に演奏の記録が行われましたが、生前にソフトやプログラムの完成は間に合わず、どのような形で再現されるか全くの未定だということです。真鍋は「今回、ぼくに与えられている使命は、まずはデータを使って忠実に坂本さんの演奏を再現したり、アーカイヴとして残したりできるようにすること。そのために、実際のピアノを使って制作出来る環境を準備しているところです」[2]と話しています。
坂本はプロジェクトにあたり、「いまモーション・キャプチャーでぼくの演奏を収録しておけば、ぼくが死んだ後でも現実のMIDIピアノを演奏させる、仮想的なコンサートが開けること……100年後でもみんながゴーグルの中で演奏するぼくが立体的に見える。ま、100年後にぼくを観たいという人がいるとは思えないけれど(笑)」[3]と、迫りくる死を意識した言葉を遺していました。
「坂本くんは数年かけて準備をし永眠しました」と細野晴臣(ほその はるおみ、1947-)がツイートしていましたが、その「準備」のひとつがこのプロジェクトでした。
— 細野晴臣_info (@hosonoharuomi_) April 16, 2023
サウンド・インスタレーションにおける坂本龍一
ここまで坂本が手掛けたサウンド・インスタレーションの足取りを追ってきましたが、彼のインスタレーションにはひとつの特徴があります。
「アートと音楽-新たな共感覚をもとめて」展のアーティストリストを見ると、あることに気付きます。
著名なサウンド・アーティストであるフロリアン・ヘッカー(1975-)やカールステン・ニコライ(1965-)、池田亮司(いけだ りょうじ、1966-)や八木良太(やぎ りょうた、1980-)は、それぞれ単独でクレジットされています。
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