ここ数年、千枚(四百字詰め原稿用紙)を超える長編を三作、立て続けに書き、短いものは一本も書かなかった。
私は長編好きで、短編は気が乗らない。それはデビュー当時からなのだが、四半世紀も書いているうちに中編もだんだん億劫になってきた。私にとっての中編とは二百枚から五百枚程度の作品である。
ただ、一方で長いものを書き重ねることで、ほんとうはこの中編サイズの小説において、これまでの鍛錬の成果が最もよく現われるのではないか、という思いはあった。
というわけで、今回挑戦したのが本作「投身」である。
内容について作者があれこれ評するのは慎むが、現在持っている小説技術を可能な限り注ぎ込み、複雑で重層的な構成と内実をはらむ作品に仕上げてある。
小説読みの人は、ある意味、自分の読みの力がどの程度に達しているかをこういう作品で占ってみるといい。例によって非常に読みやすくさらさらと読めるだろうが、しかし、深く読めば幾つもの箇所で渋滞、ひっかかりを感ずるだろう。あっと言う間に読み通した人は、もう一度読み直すことをお勧めする。
最初とはまるで異なった読後感を得られるはずだ。
全編にわたって作者の神経を張り巡らし、随所に細かい仕掛けを施しておいた。自分というかけがえのない人生について、普段とは異なる視点で見つめ直すことができるように計らっている。なんとなれば、それが小説の大切な役割でもあるからだ。
しらいし・かずふみ
1958年福岡県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。出版社勤務を経て、2000年に『一瞬の光』でデビュー。09年『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』で山本周五郎賞、10年『ほかならぬ人へ』で直木賞を受賞。その他の著書に『僕のなかの壊れていない部分』『草にすわる』『見えないドアと鶴の空』『もしも、私があなただったら』『どれくらいの愛情』『永遠のとなり』『幻影の星』『ファウンテンブルーの魔人たち』『我が産声を聞きに』『道』『松雪先生は空を飛んだ』など多数。
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