1974年に作家デビューしたスティーヴン・キング。デビュー50周年を前に6月26日に刊行される新作『異能機関』(上・下)では、原点回帰的要素を満載しつつ、老練の境地もうかがわせる。
これを記念して配信された無料電子書籍『スティーヴン・キングを50倍愉しむ本』から、長年の訳者・白石朗氏と担当編集者・永嶋が新作と近年のキングの魅力を語り合う対談を一部公開する。
永嶋 キングは来年(2024年)で作家デビュー50年なんですって。
白石 もう『キャリー』から50年か!
永嶋 ということを弊社の営業部員が発見しまして。今年の『異能機関』を皮切りに50周年イヤーに向けて盛り上げていこうということで、この電子書籍を無料で配信するのもその一環です。『異能機関』のあとには『Billy Summers』『Fairy Tale』という大長編が二作控えています。もちろん白石さん訳で。
白石 がんばります(笑)。
永嶋 白石さんは今やキング翻訳者の筆頭ですが、そもそもキングを知ったのは?
白石 大学1年のときだから1978年。SFやミステリ系の読書サークルの先輩たちがキングという凄い作家がいると騒いでて興味をもった。『キャリー』と『呪われた町』の邦訳は出ていたけど僕は読んでなかった。それで先輩のひとりに『シャイニング』(邦訳1978年)を借りて徹夜状態で読んだのが最初ですね。
永嶋 原書で?
白石 いや、当時出たばかりの深町眞理子さんの翻訳。あまりの面白さにびっくりして『キャリー』と『呪われた町』もすぐに読んだ。以前からSFやその周辺に親しんでいたのでSFやホラーの設定にはすんなりなじんだうえで、アメリカン・ベストセラーの王道というエンターテインメントの底力に驚愕したんです。
永嶋 確かに『キャリー』はSFっぽい書き方ですもんね。
白石 伝統的な恐怖小説ではなく、超能力ものでね。しかも途中に調書や新聞記事がはさみこまれる形式。エド・マクベインの〈87分署シリーズ〉の書きぶりをちょっと連想したっけ。『呪われた町』、『シャイニング』も、モチーフは吸血鬼や幽霊屋敷といった伝統的な恐怖小説なんだけど、圧倒的な筆力や描写、構成力で現代アメリカに成立させた、いまなお読みつがれる金字塔的な作品です。
新作は久々の超能力もの
永嶋 今回の『異能機関』も超能力ものですが、こういう作品っていつ以来でしょうね。魔術やモンスターと違って超能力はホラーでなくSFのガジェットだと考えると、そもそもSFっぽい作品も最近は意外となかったようにも思います。
白石 『デッド・ゾーン』(邦訳1987年)、『ファイアスターター』(邦訳1982年)は超能力もの。『ドクター・スリープ』(邦訳2015年)が『シャイニング』の続編だから、「かがやき」を超能力とすればそうとも言える?
永嶋 僕の大好きな『11/22/63』(邦訳2013年)もSFか。でも『異能機関』はもっと初期、『ファイアスターター』あたりまで回帰している印象がありませんか。
白石 大きな秘密機関が超能力を利用しようとする、という設定が『ファイアスターター』と似てますね。
永嶋 話の構造も『ファイアスターター』がいちばん近いかもしれません。
白石 でも、「秘密裏に全国から超能力少年少女を拉致する謎の機関〈研究所〉とは……!?」みたいな紹介文で読みはじめると、いきなりアメリカの田舎のスモールタウンに来た流れ者の男、ティムの話がはじまるのでとまどう人もいるかも(笑)。だけど、期待をちょっとはずして、でもシームレスに読者を誘いこむ開幕にするのがキングの老練なところ。
永嶋 以前に訳者の芝山幹郎さんだったか、キングのファンでも『不眠症』(邦訳2001年)の前半を面白いと思う人と退屈と思う人にわかれるとおっしゃっていた記憶があります。あの本の前半って何も起きないでしょう(笑)。でもあそこがいいんですよ。僕はキングの大長編の「何も起きないあたり」がすごく好きなんです。
白石 『不眠症』とか『ニードフル・シングス』(邦訳1994年)の、スモールタウンでささいな悪意が積み重なっていく話が延々と続くところ。キングはああいうのを書かせると上手いよね。
永嶋 何も起きないのに面白い。
白石 『異能機関』の冒頭からしばらくはサウスカロライナ州のスモールタウンが舞台。悪意の人よりも南部の善意の人が多いんだけれど、しょっぱなで書かれたそのスモールタウンらしさの美点が、下巻の後半でぐぐっと重みを増す。今回はそこがすごく上手いな、いいなあと思いましたね。
永嶋 非常にエンタメしていますよね。そこ行くと『ファイアスターター』はやっぱり、70年代を引きずっているというか、暗いじゃないですか。
白石 60年代カウンターカルチャーというか、当時の政府不信というパラノイア的といえなくもない風潮の影響があるのかな。
永嶋 『異能機関』でもアニーという大変いいキャラがいて、彼女にはそういうパラノイア感があるんですが、どちらかというと現代的な陰謀論者と見るべきかもしれない。『ファイアスターター』はラストも70年代映画みたいでスカっとしないんですよね。『異能機関』もすべてスッキリ解決ハッピーエンドとは言えないにしても、基本的には明朗ですよね。そこはだいぶ違うなと思ったんです。白石さんは以前、最近のキングの文体がエンタメっぽくなってきたとおっしゃっていましたね。
白石 非常にすっきりしてきましたね。でも、そのなかに時折、これどういう意味? という言い回しが急に出てくる。
永嶋 文法的にわからない、というのではなく。
白石 珍しい用法の言葉が稀に出てくるんです。昔からのアメリカ人の言い回しなのかもしれないけれど、ぼくがあまり見たことのないような。それでググってみると、英語圏の読者が読書フォーラムのようなサイトで「これはどういう意味なのか?」と質問してるの。もちろん集合知で解決する疑問も多いけれど、なかには「キングは言葉を作るクセがあるからさ」なんて返事がついてる場合もある(笑)。
永嶋 ネイティブでもわからない(笑)。
白石 『異能機関』にあったそういう珍しい表現が、『Billy Summers』にもあったりする。あっ、同じ言い回しだ、と。そうそう、こちらの長編も作業にかかっています。
永嶋 おお。それは朗報です(笑)。
◇ ◇ ◇
キングの「文芸期」から「エンタメ回帰」、そして短編作家としての成熟……50年を経たからこその魅力を愛情たっぷりに語る二人。ここに収めきれなかった『作家生活五十年、キングの「いま」を楽しめ!』の全文は無料電子書籍『スティーヴン・キングを50倍愉しむ本』に収録されている。
プロフィール
白石朗(しらいし・ろう)
1959年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。英米文学翻訳家。主な訳書に、スティーヴン・キング『アウトサイダー』(文藝春秋)、『任務の終わり』『11/22/63』(ともに文春文庫)、ジョー・ヒル『ファイアマン』(小学館文庫)、ジョン・グリシャム『冤罪法廷』(新潮文庫)、バリー・ランセット『トーキョー・キル』(ホーム社)など。
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