- 2021.02.17
- 書評
キング初のミステリ三部作の正体?
文:三津田 信三 (ホラーミステリ作家)
『任務の終わり』(スティーヴン・キング)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
本書『任務の終わり』(二〇一六)はスティーヴン・キング初のミステリ三部作の三作目に当たる。この前に『ミスター・メルセデス』(一四)と『ファインダーズ・キーパーズ』(一五)の二冊があって、本書が完結編になることを、まず読者にはご理解いただきたい。
そのため前の二冊に目を通さずに、いきなり『任務の終わり』を読んでも、残念ながら真の楽しみは得られない。ぜひ刊行順通りに、まず『ミスター・メルセデス』と『ファインダーズ・キーパーズ』に親しんでから、本書へと読み進めて欲しい。
さて、ここからはキング初のミステリ三部作を「ちゃんと三冊とも読んでいるよ」という方を対象に書きたいと思う。
僕は二度も「キング初」と記したが、それは宣伝媒体のコピーを単にそのまま使用しただけで、個人的には「本当に初だろうか」とずっと疑問だった。監禁された状態で愛読者の狂気に晒される作家の話『ミザリー』(一九八七)にも、DVの夫から逃げ続ける妻の話『ローズ・マダー』(九五)にも、超自然的なホラー要素は一切ない。この二作品を「ミステリ」と呼んでも何の支障もないだろう。より相応(ふさわ)しいのは「サイコサスペンス」かもしれないが、キング作品だから「ホラー」と謳われただけではないかと推察できる。
では本書を含めた三作が、なぜ「キング初のミステリ」と言われたのか。恐らく一番の理由は、一作目で登場する主人公のホッジズが、退職した元刑事だからだろう。しかも彼は燃え尽き症候群に悩み、ソファに座って拳銃を弄(いじ)るような、そんな希死念慮を持った人物として設定されている。よって「ハードボイルドだ」という評論家もいた。
これまでにも様々な個人的問題――例えば離婚、飲酒、同性愛、麻薬など――を抱えた個性的な私立探偵たちが、数多(あまた)の作家によって創造されてきた。その系譜をホッジズが継いでいるのは、まず間違いない。特に一作目は捜査側から描かれるパートが半分を占めるため、いつものキング作品に親しむ感覚よりも、普通にミステリを読んでいる気分になる。作者名を隠して別の名前に変えた場合、「有望な新人ミステリ作家の誕生」と評されても不思議ではない。そういう作品である。
この「キング初のミステリ」のコピーだが、何も「初」はミステリだけに限った話ではなく、そこには「三部作」という構成も含まれている。
『ジェラルドのゲーム』(一九九二)と『ドロレス・クレイボーン』(九三)の二長篇は、まったく別の場所で起きた二つの事件を独立した作品として描きつつ、これらが皆既日食によって繋がる仕掛けに挑んでいる。またキングが発表した『デスペレーション』(九六)と同年に、リチャード・バックマン名義で刊行した『レギュレイターズ』でも、やはり別々の二作品が「タック」と呼ばれる共通の悪の要素によって結びつく企みを見せている。そこに『シャイニング』(七七)と続編『ドクター・スリープ』(二〇一三)を加えると更に分かるように、キングには「二部作」と言ってもよい作品が存在している。『IT』(一九八六)で交互に描かれた登場人物たちの子供時代と大人時代の構成も、実現はしなかったが『呪われた町』(七五)の続編の構想も、やや強引ながらキングの「二部作」嗜好の証左になるかもしれない。
シリーズ物の『ダークタワー』(一九八二~二〇〇四)を除くと、このホッジズ元刑事を主人公としたミステリ三部作が、如何(いか)にキング作品の中でも珍しい試みと言えるか、読者にもご理解いただけるのではないか。
斯様(かよう)に二つの「初」を冠したミステリ三部作だが、その出来栄えは果たしてどうだったか。これから見ていきたいと思う。
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