2021年、日本では犬猫あわせて1600万頭ほどのペットが飼われています。大切な家族の一員であるペットはしかし、ご承知の通り人間よりも平均寿命が短く、別れの時が来ることを覚悟しながら共に日々を過ごします。これもまた、厳然たる事実です。
長年連れ添った愛犬ミントを亡くしたライターの伊藤秀倫さんは、その2日後、冷蔵庫の中にあったカブを目にして、涙が止まらなくなってしまいます。「カブのすりおろしなら、弱った愛犬も食べられるのではないか」と購入した食材が引きがねとなって、制御不能となった自身の喪失感とはじめて向き合ったのです。
これは、一体なんなのか? 「ペットロス」なのか?
もしそうなら、この「ペットロス」を自分は乗り越えることはできるのか?
文春新書『ペットロス いつか来る「その日」のために』は、筆者である伊藤さん自身の苦しい体験からスタートし、獣医や精神科医の分析や、上沼恵美子さん、壇蜜さんなど著名人をはじめ、国内外の幾多のペットロスを経験した方の言葉に耳を傾け、「ペットロス」の実相を明らかにしていく好著です。
今回は、書籍の一部を無料公開。
あなたはペットのお医者さんと、よい信頼関係が築けていますか?
グリーフケアを知るホームドクターの重要性
「私はよく獣医の皆さんに、ペットが亡くなった後でも『病院においでください』と言える動物病院であってほしい、とお願いするんです」
そう語るのは「動物医療グリーフケアアドバイザー」として、全国の動物病院の医療関係者を対象にグリーフケアの講習などを行っている阿部美奈子氏だ。獣医師でもある阿部氏は、ペットを亡くした人が最初にその悲しみを打ち明ける第一候補者として、そのペットが最後にかかっていた動物病院の獣医師や愛玩動物看護師が理想的、と話す。
「飼い主さんに亡くなったペットを病院に連れて来てもらって、獣医師や看護師が『待ってたよ』と声をかけて優しくブラッシングをしながら、綺麗にしていく。それだけでも飼い主さんはだいぶ救われます。ただ現実には、そこまでやっている動物病院は多いとは言えないし、中にはグリーフケアについてほとんど勉強していない獣医さんもいます」
ほとんどの場合、ペットが亡くなる直前は、動物病院に通い詰めることになる。私自身も経験したが、この段階から「本当にこの子がこのまま亡くなっちゃったら、自分はどうなっちゃうんだろう」とペットロスの予兆を明確に感じるようになる。
「それを『予期グリーフ』と言います。これはペットと暮らす限り、常に付きまとうもの。それでもペットが元気なうちは、彼らが幸せそうに生きている姿を見るだけで『ああ、大丈夫だ』と飼い主も自然と癒されます。つまりペットによってグリーフケアされるんですね。ところがペットが病気になったりすると、ペットからのグリーフケアが受けられなくなり、予期グリーフがどんどん大きくなってしまう。これを一人で抱えてしまうと“沈没”してしまいます。だからホームドクターの存在が重要になってくるんです」
よきホームドクターを見つけることは、ペットが生きているうちにできるペットロスに対する最初の“備え”と言えるだろう。
ペットを「病気ちゃん」にしてはいけない
では、その「よきホームドクター」をどうやって見つければいいのだろうか。
「もっとも重要なことは、その動物病院に飼い主さんとペットのグリーフをキャッチしてくれる人がいるかどうか。獣医師はもちろん、看護師でも受付係でもいいので、“この人は本当に動物が好きなんだな”という人材がいれば、その動物病院は単に病気を診てもらうだけではなく、生きるパワーをもらえる場所になります。逆に、病気は診るけど、飼い主さんやペットの心の状態には気付かないようなドクターは避けるべきだと思います」
「飼い主さんにとって、その子は『〇〇ちゃん』という唯一無二の存在であるはずなのに、いったん病気のレッテルが貼られると、飼い主さんの中で知らぬ間に『病気ちゃん』へとすり替わってしまうことが非常に多いんです。そうなると、とにかく病気を治すために、点滴してあげなきゃ、嫌がっても薬をあげなきゃ、ごはんをあげなきゃと獣医の指示を守るのに必死になって、その子が本当に望んでいることからかけ離れたことばかりしてしまう。いつしか飼い主さんから笑顔が消え、そのネガティブな空気は、その子にも必ず伝わります。するとペットは『自分が何か悪いことをしているのではないか』と考えて、落ちこみます。これは飼い主さんとペットの双方にとって不幸な状態ですよね」
言うまでもないことだが、ペット自身は身体の不調は感じていても、病名や治療方針などは知るはずもない。これまでできたことができなくなり、客観的には死へと向かっていても、それを受け入れながら、最期の瞬間までまっすぐポジティブに生きていく。
「ペットにとって飼い主さんと暮らす家(ホーム)は、安心してリラックスした日常を送ることができる場所なんです。ですから特に終末期における治療は、その変わらない日常を送るために妨げになるもの、痛みだったり、不快感とかを鎮痛剤や鎮静剤でとってあげるだけでいい。ホームでぐっすり寝れるようにしてあげることが一番大事なんです」
ペットロスが重くなりやすい人
飼い主の中には終末期にさしかかったペットを「点滴も投薬も、家では何もしてあげられないから」と言って、ずっと動物病院に入院させておく人もいる。だが、これはペットのことを考えているようでいて、その子が本当に望んでいること──住み慣れたホームで飼い主と一緒に穏やかに過ごす──からは外れてしまっていると言わざるを得ない。「実は『飼い主としての責任感が強い人』ほど、ペットロスは重くなりやすい傾向があります。獣医に指示されたことを100パーセント実行しようと頑張っちゃう人ですね。もちろんすべては病気を治すためではあるのですが、どんなに頑張っても死は避けられません。そしてその子を亡くした後で蘇ってくる記憶が、その子の最期の苦しそうな光景──嫌がるのを押さえつけて点滴したとか、苦しそうだったのに無理やりご飯を食べさせたとか──ばかりだったというケースが少なくありません。『この病院を選んだのも治療を選んだのも自分だ。もっとこの子のことを考えてあげればよかった』と考えてしまい、さらにペットロスが長期化してしまうんです。ペットが本当に望んでいることを、コミュニケーションの中で引き出せるのは、飼い主さんだけ。獣医ではなく、自分こそがその子の世界一の理解者であることを忘れてはいけません」
それをサポートするのが、いいホームドクターの条件ということになる。
「いいドクターは、治療後にホームに戻ったその子が快適に過ごせているかどうかを一緒に考えてくれます。ともすると『病気ちゃん』目線に陥りがちな飼い主さんをそれとなく、本来あるべき『〇〇ちゃん』の目線に戻してあげる。飼い主さんにとっては、ドクターの指示で食事や投薬などを変えたとき、もしペットが嫌がったり抵抗したりするようなら、すぐに病院に戻って相談できるような関係性をドクターと築くことが大事です」
ペットロスが重くなりやすい人の特徴や、最後の時間の大切さなど、獣医さんなど現場の方々へのインタビューが続いていきます。つづきはぜひ、本書を手にとってみていただけたら幸いです。
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