毎日LINEでやり取りする三人が語る、幼少期からの読書遍歴。
『にんじん』『南総里見八犬伝』から松谷みよ子、氷室冴子、コバルト文庫を通り、BLまで!
◆プロフィール
村田沙耶香(むらた・さやか)
1979年生まれ。2003年「授乳」で群像新人文学賞(小説部門・優秀作)を受賞し、デビュー。09年『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、13年『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島賞、16年「コンビニ人間」で芥川賞受賞。著書に『丸の内魔法少女ミラクリーナ』『信仰』などがある。
犬山紙子(いぬやま・かみこ)
1981年生まれ。2011年『負け美女 ルックスが仇になる』でデビュー。雑誌、テレビ、ラジオなどで幅広く活躍中。著書に『私、子ども欲しいかもしれない。』『すべての夫婦には問題があり、すべての問題には解決策がある』などがある。
朝吹真理子(あさぶき・まりこ)
1984年生まれ。2009年「流跡」でデビュー。10年、同作でドゥマゴ文学賞を、11年「きことわ」で芥川賞を受賞。著書に『TIMELESS』『だいちょうことばめぐり』などがある。
犬山 私たちほぼ毎日LINEのグループでやり取りしてるけど、どういう経緯でこうなったんだっけ?
朝吹 ふだん「○○氏」とふたりのことを呼ぶので、今日はそう言ってしまいますが、もともと私が紙子氏と知り合いで、たまたま紙子氏が最近ある作品にハマっているという話を、作家の友人たちとユネッサンに旅行していたときに、何気なく話して。そしたら、沙耶香氏が食事の席で、急に狼狽しはじめて。
村田 その場にいた(西)加奈子ちゃんは、「オタクの倒れ方や」「うちの知らん側面や」と言ってたね(笑)。それで真理子氏が、LINEで紙子氏と繋げてくれたのが、出会いのきっかけだったと思います。
朝吹 沙耶香氏も、その作品を寝ても覚めても考えている状態だとわかり、最初はふたりで語り合ってもらおうと思ってLINEを繋いだのだけれど、流れで私もそのグループに入ることになり、それからもう数年くらいやり取りしています。LINEのトークルーム名はときどきかわるのですが、現在の部屋の名は「ハナクリーン」。三人とも愛用している、鼻の奥を洗う器具の名前です(笑)。
犬山 普段から頻繁におすすめの本を言い合っているというわけでもないんだけど、話の流れで今読んでる本とか面白かった本の話になることもある。「むらむら読書」でも取り上げたボーヴォワールの『離れがたき二人』は、真理子氏が教えてくれたものでした。宗教の話をしてたんだっけ?
村田 たしか、最初は宗教について話していて、その流れで私が書評で取り上げた『私のカトリック少女時代』の話をしたんだったんじゃないかな。メアリー・マッカーシーの少女時代の回想記で、回想記なのに冒頭で記憶の曖昧さにすごくしっかりと触れてある、あまり出会ったことがないような本だったから印象深くて。
彼女はカトリックの学校に通っていたころに、「私は信仰を失ってしまいました」と院長先生に言って、すごく騒ぎになって。「全身全霊で、たとえそれが世間的な義務にすぎなくても、信仰を感じ取ろうとしていたが、いくら私のなかを探ってみても、なんの信仰もないことを認めざるをえなかった」という一文があって。
朝吹 ちょうどボーヴォワールの小説『離れがたき二人』を読んでいて、主人公が、自分の体のなかの神がいなくなった、と気がつく場面があり、信仰を失う場面私も読んでる、と書いたような。
犬山 それで私は福永武彦の『草の花』を思い出して。後半に神を信仰する女性と孤独を信仰する男性の交わらなさが描かれていて。こうやってとりとめのない話に混ざって、本の話になることもちょくちょくあります。
■救いのない童話
犬山 沙耶香氏が小さいころにルナールの『にんじん』が好きだった話も覚えてる。
村田 (LINEの履歴を見て)二〇一九年の会話ですね。子どものころ、愛せる本とあんまり心を開けない本があって。本の向こうに、子どもを大人たちにとって都合のいい「いい子」にしようとしている人がぼんやり浮かんでくるような児童書は、怖かったんです。『モモちゃんとアカネちゃん』を読み返した紙子氏が「説教臭くなくて最高でした」と書いて、それに私が「松谷みよ子、好きでした」と返信して、そこから『にんじん』の話になりました。「『にんじん』読んで、なんでこんな児童書っぽくないものが、って思った記憶があります」と紙子氏が返事を送ってくれています。
犬山 『にんじん』はまったく救いのない話なんだよね。男の子が家族のなかでいじめられていて、名作童話とされているのに、本当に救いがない!
村田 主人公の男の子が、少し父親と話して、「僕がまたその母親を愛していないんじゃないか」と言う。家族愛は絶対的で、どんなに苦しくてもそれを信じなさい、というふうに収束していく物語ではないことが、私にとっては大きな救いでした。子ども向けの家族物の小説だと、わかりづらかっただけで本当はお母さんは愛してくれていたんだよ、という結末が多くて、そのたびに傷ついていたので。主人公は可哀想でもあるけど、ただのいたいけな男の子ではなく、陰鬱さや残酷さがちゃんとそこにあるのもうれしかったです。美化されていない、自分に似た子どもの姿だった。本の向こうに立っている人が、私より血だらけの大人で、まったくこちらを見ていない気がして。それが、私にはすごく信頼できたんです。
朝吹 いい話にしない、正しくしない、みたいなことかな。私は、子どものころ、一行ずつ本を読むことが難しくて苦手だったから、家族に読んでもらう方が好きでした。年齢上がっても絵本ばかりで、児童文学もほとんど知らない。マンガはだいじょうぶだったから、文字がびっしりならんでいることが苦手だったのかも。小学校四年生のときに強制的に海辺を走らされる四キロマラソンの合宿があまりにもつらくて、時代劇が好きだったから、児童版『南総里見八犬伝』をもっていくことにして。娯楽が全くない合宿だったから、退屈凌ぎに本を読んでみたら、犬は出てくるし、伏姫はかわいいし、設定もゲームみたいで、一気に好きになりました。
表紙に「現代語訳」と書いてあるのが、同じ日本語なのにどういうことだろうとふしぎで、江戸時代に書かれた日本語が読めない、と知ったときはすごく驚いたなあ。
お人形遊びしたり、父がゲーマーだったので、いっしょにRPGの『ドラクエ』『FF』ばかりやっていたから、本を読むようになったのは、だいぶ後です。
村田 そうなんだ。兄がパソコンを持っているからゲームがしたくなったらそれでやりなさい、と言われていて、家にゲーム機がなかったから、子ども時代にゲームをあまり体験していないんです。兄が作った自作のテニスゲームをやらせてもらってたな。
犬山 お兄ちゃんプログラミングできたんだ、すごい。
村田 兄は六つ上なのだけれど、当時は「マイコン」という言葉が流行ってて、兄の部屋の本棚にはプログラミングの方法が書かれた本があった気がします。何か難しい英数字を使って、ボールが自然に跳ね返るように調節したりして、楽しそうだった。たぶん、やる楽しさよりそれを作る楽しさだったのではないかな。私自身も、小さなテレビを作って番組をみたり、ホッチキスで小さなマンガ雑誌を作ったり、マンガや小説を書いたり、ごく自然にしていたと思う。
朝吹 その話大好き。子どものころって、無鉄砲な設定で、長大な物語をつくろうとするよね。
■少女小説とマンガ雑誌
犬山 小学生のときの読書体験でいうと、『なんて素敵にジャパネスク』の瑠璃姫がとにかく好きでした。平安時代のお姫様だけど自尊心高くて、やんちゃで。今思えば氷室冴子さん原作だからそりゃそうなのですが。最初に読んだのはお姉ちゃんがもってたマンガ版だったけど、大人になった今でも大好き。
村田 私も『なんて素敵にジャパネスク』は凄く好きでした。兄が「古典の勉強になる」って言って私に薦めてくれたのだと思うのですが、瑠璃姫がすごく元気が良くて、守られるヒロインではないことに憧れたのを覚えてます。
『クララ白書』と『アグネス白書』と氷室さんの小説を読み進めた記憶があります。文体も、きりっとしていて好きだった。
犬山 わかる。影響されてしまう文体! 真似すると賢くなった気持ちになれた(笑)。
村田 私が小学生のころは少女小説の全盛期で、ティーンズハートとコバルト文庫をみんな読んでいました。花井愛子さんとかすごく流行っていたな。井上ほのかさんの「少年探偵セディ・エロル」シリーズも好きで、ミステリーが好きな母も「この人はすごい」って言ってました。コバルトだと「放課後」シリーズが好きだったな。「小説に絵がついている」って、もっと幼いころ「とんでる学園」シリーズを熱心に読んでいた自分にとってはすごく自然で、当時自分で書いた小説にも挿絵や表紙のイメージを描いていました。
『なかよし』を読んでいたのですが新井葉月さんの短編が好きで、本屋さんで新井さんの絵を見て手に取ったのが津原やすみさんの「あたしのエイリアン」シリーズでした。お話も好きだったけれど、主人公の千晶が新宿の裾が広がった形のビルを見上げて「壁の上を歩いていけそう」と言ったり、宇宙人の星男くんが他の宇宙人と「テ」という言葉を千晶に説明するのだけど意味がありすぎてわからなかったり、そういう細部が面白かったのを覚えてます。
宇宙人の星男くんと千晶は恋愛関係なのですが、星男くんは千晶の記憶だけを残して家族やクラスメートの記憶をコントロールしてイトコになってしまって、少し怖くて異質な感じが好きでした。
宇宙人で異種恋愛だということも好きだったし、星男くんの思考が超能力で千晶の頭に流れ込んできたときに、それが日本語で。「ふだん、何語で考えてるの?」という会話をする不思議さも興味深かった。星男くんの星ではキスはとてつもなく恥ずかしいことで、文化が違ったり。
犬山 でも、沙耶香氏的には、星男くんは――
村田 当時はすごく好きだった。少女マンガも少女小説もよく読んでいたけど、あんまり見ない感じがする人だった。
朝吹 ふたりが羨ましい。はっきり名前を覚えてる作家となると、新井素子しかいない。小説はほとんど読まなかったけれど、かわりにマンガはめっちゃ読んでた。
村田 マンガも好きだった。『りぼん』派と『なかよし』派が多かったんだけど、私は最初『なかよし』を読んでいて、新井葉月さんや早稲田ちえさんの短編が好きだった。でもいつのまにか『ぴょんぴょん』というマイナーな雑誌を読んでました。そこから『花とゆめ』などの白泉社さんのマンガが好きになって、望月花梨さんの作品を今もとても愛しています。
犬山 (スマホで『ぴょんぴょん』を調べて)「5年間ありがとう!」ってことは短期間だったのか。「女子版コロコロコミック」と言われていたらしい。
村田 でも、そこで連載されてた『愛の戦士ヘッドロココ』も、天使と悪魔の恋愛で、ロココ様は「正しいこと」をいつも誠実に悪魔にも伝えようとして敵に攻撃されるくらい優しい人で、悪魔のマリアちゃんと好きあっているのだけれど、種族だけじゃなくて価値観の違いもあって好きだった。ベースはビックリマンですが、そういう二人の議論は、かわいいのはもちろんなのだけれど、心に残るものがありました。
■親の本棚
犬山 私も少女小説はそんなに通ってなくって、マンガばっかり読んでた。真理子氏は『八犬伝』の後はどんな感じだった?
朝吹 そんなには読んでなかったと思う。残念ながらほとんど読まなかったけど、「きょうはこの本読みたいな」という児童文学シリーズがあって、そのなかの『雨ふりの日に読む本』はタイトルが印象的で覚えてる。
構成:平岩壮悟
写真:橋本篤
(続きは、「文學界」2023年7月号でお楽しみください)
「文學界」2023年7月号 目次
【創作】小林エリカ「風船爆弾フォリーズ」(短期集中連載)
東京に宝塚劇場ができた年、私たちは小学一年生になった。聞こえるのは少女たちの歌声と、戦争の足音――
長嶋有「運ばれる思惟」
絲山秋子「神と提灯行列」
水原涼「誤字のない手紙」
【鼎談】朝吹真理子×犬山紙子×村田沙耶香「童話発、BL経由、文学行き」
毎日LINEでやり取りをする三人が語り合う、思い出の中の本たち(*本対談)
【対談】ノリス・ウォン(映画監督。『私のプリンス・エドワード』)×西森路代「女性の選択を描くこと」
【スピーチ】柄谷行人「バーグルエン賞授賞式での挨拶」
【特集】甦る福田恆存
「私たちが欲しているのは、自己の自由ではない。自己の宿命である」今なお新しいその言葉を読む
〈対談〉中島岳志×浜崎洋介「神なき世界をどう生きるか」
〈読書案内〉中島岳志「文学の使命」/浜崎洋介「信ずるという美徳」
〈批評〉下西風澄「演技する精神へ――個・ネット・場」/片山杜秀「福田恆存・この黙示録的なるもの」/平山周吉「昭和五十四年の福田恆存と、一九七九年の坪内祐三青年」
〈初公開書簡〉福田逸「昭和三十年、ドナルド・キーンとの往復書簡」
【巻頭表現】殿塚友美「あとかた」
【エセー】岡田彩夢「アイドルから、谷崎潤一郎へ。」
【強力連載陣】砂川文次/金原ひとみ/綿矢りさ/宮本輝/奈倉有里/辻田真佐憲/藤原麻里菜/成田悠輔/平民金子/津村記久子/松浦寿輝/犬山紙子/柴田聡子/河野真太郎/住本麻子
【文學界図書室】町田康『口訳 古事記』(阿部公彦)/平野啓一郎『三島由紀夫論』(中条省平)
表紙画=柳智之「福田恆存」