警察小説の名手である著者が、刑事たちの人間ドラマを描いた『緊立ち 警視庁捜査共助課』を刊行した。今作の主人公は、二人の女性刑事。刑事を描くのは、『自白 刑事・土門功太朗』(文春文庫)以来13年ぶり、という著者に話を聞いた。
今作には、警視庁の捜査共助課の刑事たちが登場する。主人公の川東小桃は、この課の中の「見当たり捜査班」に、佐宗燈は「広域捜査共助係」に所属している。いずれも指名手配犯を専門に捜査する職務である。見当たり捜査班は、手配犯の写真を記憶して、街中で相手を「見当てる」ことを任務としている。大阪府警から生まれた捜査手法だ。全国から凶悪犯が集まることが想定される警視庁では、多くの見当たり捜査員が、都心のターミナル駅周辺などで日々、犯人を追っている。
「久しぶりに警察小説を書くことになって、『ついにこの時が来ました』という気持ちでした。主人公の二人は、(直木賞受賞作)『凍える牙』のときのように女性刑事ですが、当時のように、パワハラ全開の上司と働くのではなく、現代の警察組織の中で、女性たちがどう働いていくか、を考えながら書いていました。
たまたま、ご縁があって、見当たり捜査のことを知る機会がありました。雑踏のなかに溶け込むためでしょうか。刑事に見えない方も多いようで、特別な能力とのギャップがあるところが魅力的でした。小桃の人物造形にも、投影されていると思います」
指名手配中の所在不明の被疑者は、全国で700名以上いるとされている。
監視カメラなどを使って犯人の足取りを追う、捜査支援分析センターが注目される時代に、「見当たり捜査」は、きわめてアナログな捜査手法といえる。
だが、「その瞬間」は、極めてドラマチックである。
「川東です。見当てました」(中略)
小桃は、二の腕の内側から脇の下にかけてゾクゾクする感覚が駆け抜けるのを感じた。ほぼ一カ月ぶりの、この感じ。何度経験しても言葉に出来ない、快感とも武者震いともつかない感覚。ただものすごいスピードで身体中の血液が巡っているのを感じる。(本文より)
「この表現は、私のフィクションですが、『他とは比較できないほどのアドレナリンが出る』、と、いうことも聞きました。ですが、彼らの職務を知れば知るほど、シビアだなぁと感じるようになりました。いくら能力があっても、巡り合わせが悪ければ、犯人を検挙できない。一人も見当てられないまま、異動していく捜査員もいるらしいです。小説の中でも、そういった捜査員の苦悩を描きましたが、それはどこか職人の世界にも似ています。だから、惹かれるんだと思うんです」
タイトルの「緊立ち」も印象的なフレーズである。
著者は、「緊立ち」という言葉の意味が分からないうちから、「何か大変なことが起きていることが想起される。タイトルはこれだ!」と決めていたという。
「緊立ち」の正式名称は「緊急立ち回り情報」。
これが発令されると、指名手配犯が今ここにいる! 刑事たちは、可能な限り迅速に布陣を敷いて現場に向かう。
プライドをかけた捜査が、とてつもないリアリティと緊迫感を持って描かれている。
この小説のもう一つの魅力は、捜査の現場をはなれた刑事たちの「人生」が描かれていることだ。都心の雑居ビル無差別爆発事件に巻き込まれたり、強盗殺人の手配犯を追いかける日々の中で、結婚、離婚、子育て、親の介護などと向き合う刑事たちの体温が感じられる物語となっている。
「警察小説を書く、と意気込んで始めたのですが、やはり私は『刑事という職業を選んだ人が、どんな人生を生きるのか』ということに興味があるんですね。
例えば、見当たり捜査をする小桃から相談を受ける燈さんは、広域捜査という仕事柄、地方での張り込みなども多いんです。朝から晩まで、仕事をした後、子供に唐揚げを作って、夫の親の介護のことを考えたりもする。そんな生身の刑事の姿を書くのは、とても楽しかったですね」
圧巻のリアリティで描かれる逮捕劇と、ライフステージごとに降りかかるプライベートの難題に向き合う刑事の日常を綴った「令和の警察小説」が誕生した。
乃南アサ(のなみ・あさ) 1960年東京生まれ。1996年『凍える牙』で第115回直木賞受賞。2011年『地のはてから』で第6回中央公論文芸賞、16年には『水曜日の凱歌』で第66回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。『女刑事音道貴子・凍える牙』『結婚詐欺師』『いつか陽のあたる場所で』『しゃぼん玉』『ウツボカズラの夢』など映像化された作品多数。
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