歴史物語『栄花物語』の作者として知られる、赤染衛門(あかぞめえもん)(朝児(あさこ))。彼女はなぜ、この物語を書くに至ったのか? 本作は、澤田さんがその過程をドラマチックに描き出した一作だ。
「赤染衛門は、平安女流文学者のひとりとして知られ、2024年の1月から始まる大河ドラマ『光る君へ』で、主人公・紫式部と同じ時を生きた人物です。彼女が書いた『栄花物語』は、宇多天皇から15代、およそ200年間の貴族の歴史が書かれ、逸話や挿話を集めた作品です。例えば、我々がよく知る藤原道長のエピソードなんかも、この物語に載っています。平安時代のイメージを形作った読物ともいえますね」
宮中きっての和歌の名手と言われる朝児は、文章博士(もんじょうはかせ)だった夫、大江匡衡(おおえのまさひら)を亡くしたばかり。50も半ばを過ぎて夫の菩提を弔いながら余生を過ごそうとしていたが、ある出来事から三条天皇の中宮・妍子(けんし)の女房として再び宮仕えをすることになる。
宮中では、政権を掌握した藤原道長と親政を目指す三条天皇との間に緊張が走っていた。道長の娘の妍子が、将来天皇となるべき男児を生むことが、2人の関係に調和をもたらす唯一の道だった。しかし、女児が生まれたことで、道長は三条天皇の排除を推し進めていくことになる――。
「繰り広げられる政争に心を痛めながら、今、目にしていることを歴史として書き記すことが自らの役目ではないのかと、朝児はそんな思いの中で筆を執ったのではないでしょうか」
朝児の物語とは別に、藤原道長がなぜ、権力者を目指したのかも読みどころだ。さまざまな人間の思惑が交錯する当時の政治状況や陰謀、愛憎渦巻く人間ドラマからも目が離せない。
また、歴史に精通した澤田さんだからこそ書ける平安と現代をつなぐエピソードが至る所に盛り込まれている。資料を読み込むことで得た面白いエピソードを掬い取り、それを小説に織り込むことも忘れていない。
「当時、病気を治すには、主に祈祷が行われていましたが、歯の痛みだけはどうしようもなかったようで、やっぱり最後には抜歯するんですね。また、平安の世では、和歌で感情を表現していて、これはSNSに写真をアップする感覚に近いと思いました。いい写真に『いいね』がつき、拡散されるのと同様に、いい和歌にも人の関心が集まる。現代も平安時代も人間の営みは変わらないことがよくわかります。今回は、華やかなイメージの平安時代の裏側も書かせてもらいました。そこも愉しんでもらえたら嬉しいです」
さわだとうこ 1977年京都府生まれ。2010年に『孤鷹の天』でデビュー。20年『駆け入りの寺』で舟橋聖一文学賞、21年『星落ちて、なお』で直木賞を受賞する。
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