- 2023.11.23
- 特集
大座談会「陰陽師」が好きすぎる! 夢枕獏×澤田瞳子×武川佑×蝉谷めぐ実
文:「オール讀物」編集部
出典 : #オール讀物
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
,#歴史・時代小説
現在開催中の「陰陽師とは何者か」展。
「陰陽師」ブームを牽引する夢枕獏氏と、シリーズの大ファンでもある澤田・武川・蝉谷氏とともに、陰陽師の魅力を語り尽くす。
写真◎山元茂樹
展覧会名:企画展示「陰陽師とは何者か―うらない、まじない、こよみをつくる―」
会期:2023年10月3日(火)~12月10日(日)
会場:国立歴史民俗博物館
https://www.rekihaku.ac.jp/exhibitions/project/index.html
陰陽師の魅力を伝える資料
夢枕 今日、「陰陽師とは何者か」展を拝見して、僕が面白かったのは、平安時代の陰陽師の日記ですね。ディスプレイがタッチパネルになっていて、日付を押すと現代語で「今日はおじさんがケンカした」とか「鞍馬寺まで歩いて行った」とか書いてあって、人間の肉声が残っているのを楽しく拝見しました。
澤田 私は晴明伝説の分布が興味深かったです。たとえば銚子の伝承では、土地のお姫さまが晴明を婿に取るんです。ただ晴明はそのお姫さまの容貌を嫌って、海際に草履をそろえ、身投げしたふうに装って逃げてしまう。お姫さまは「晴明さまが死んでしまった」と嘆いて、自分もと飛び込んで亡くなってしまう。彼女の死体が流れついたところに神社が作られ、そこに祈願をすると髪のちぢれや顔のあざなどが治るという(笑)。晴明という神秘的な存在とご利益の間に、かなりひどい逸話が混じっていて。
夢枕 ひどい話だね(笑)。
武川 私は戦国時代が好きなので、大坂冬の陣の後の、伊達政宗の、家康と秀忠の心の中の政宗に対する悪心を取り除けますようにという都状(とじょう)(伊達政宗泰山府君祭都状案)が、面白かったです。黄色い紙に陰陽師による祭文が赤字で先に書かれていて、自分の「政宗」という名前だけ書き入れればよいという形式が、すごくシステマティックにできているし、政宗も願掛けを頼りにしたんだなと。
蝉谷 私は本当に夢枕さんのお書きになった『陰陽師』のファンで、平安時代の陰陽師、それこそ夢枕さんが書いた『陰陽師』イコール私の中での陰陽師像という感じだったので……。
夢枕 実態は違いますから(笑)。
蝉谷 すみません(笑)。なので、星や宇宙に関する展示を見て、博雅と晴明との会話の中で、晴明はこういう知識を博雅に聞かせていたんだな、とファン心を沸かせていました。展示では、江戸時代に入って陰陽師たちの知見が完全に庶民になじんでいくのが興味深かったです。明治時代に編纂された呪術のまじないの辞典が今残っていないのは、当時の人々がすごく読み込んでいたからきれいなものが現存していないとか、すごく面白いなと思いました。
資料の面白さ、大変さ
武川 夢枕さんが、『陰陽師』シリーズを書く際に、参考にされた資料は展示されていましたか?
夢枕 いや、ないかな。『占事略决』とかいくつかは見たりしてますけど。基本は説話から取ったり、中国やインドの古典のいろんな妖怪を見つけては、面白く書くというやり方をしているので。資料って面白いから、読むと淫してしまって、原稿を書く時間がどんどんなくなる。だから、資料はきちんと読みますが、なるべくそれにとらわれないよう注意しています。答えがないものを書く時に、資料ってありがたいんだけど、それに縛られると困る。昔、時代小説を書くには、「これだけ知らなきゃ書く資格はない」みたいな風潮があって、勉強だけして、とうとう小説を書かずに亡くなってしまう方もおられたんですよ。僕自身は、書きながら勉強するという手口を見つけて、ちょっと楽になった。
澤田 この間から「オール讀物」で奈良時代の陰陽寮を作る話を書かせていただいて。史料が全然ないのですごい気が楽なんですよ(笑)。研究書を読んでも皆さんスルッとそこの部分は避けていらっしゃるから、誰も分からないんだと思って、かえって小説に書きやすいなと感じました。普段私は奈良時代、平安時代を書いていますが、たまに江戸時代に目を向けると、史料が本当にうずたかくて、人々の生活もすごく詳しく判明している。これら全部に目を通さなきゃいけないという強迫観念にかられてしまうと怖いなと。史料があれば一応読んだうえで放り投げる技を使うようにしています。武川さんが書かれている戦国は、史料も論文も多いじゃないですか。
武川 そうですね。ただ、土御門(安倍)が江戸時代に入って陰陽道の本所となるまでに、勘解由小路(賀茂)や南都の幸徳井とかと、水面下で政治闘争があったんだろうなと感じるんですけど、そこについて土御門は書き残していないので、ある程度自分の裁量で、推測というか、妄想していく余地があるんですよね。小説には、あえて記録に残されていないところを探っていく別の脳も必要ということは、資料におぼれそうになりながらも考えています。
蝉谷 私は歌舞伎が好きなので役者の番付を見るのも好きなのですが、演技や人柄はもちろん、着物や化粧、しまいには『女意亭有噺(にょいていありばなし)』という女房の番付まで資料として残っているんです。それを読んで、「役者の女房」という存在に興味を惹かれて、第二作の『おんなの女房』を書きました。ずっと好きで、いろいろ調べてきた部分だから書けた作品なので、今後、歌舞伎を離れて新しい部分に取り組んでいくとしたら、さらに資料を調べないといけないという境地にあるんですけど。
夢枕 資料には、いま、何が分かってないのかということが書いてない。もしかしたら自分の調査不足で、この答えはどこかにあるのかもしれないという、不安を抱いたまま原稿に向かうのが一番困るんだよね。そういう時は学者に会って「これってどうなんですか?」と聞けるといいよね。僕は五味文彦先生という平安時代の先生にお訊ねしたことがあるんですが、「それは何もないんですよ」「誰も知らないんですよ」と言ってもらえると、すごく気が楽になるんです。ただ、そういう質問ができる程度には、自分で調べてから専門家に聞くようにしています。でも、やっぱり調べすぎちゃうと駄目だね。「こんなことありえないよな」と自分で分かってしまって、書けなくなっちゃう。知らない時のほうが結構自由に書けていいよね。学者じゃないんだから、どこかで見切りをつけないと。
小説で「嘘」を書く技術
澤田 私が十三年前にデビューした当時は、調べ物はまだ紙がベースでした。ですがこの数年で、国立国会図書館オンラインなどが便利になり、論文や史料類をどこでも見やすくなりました。今から歴史・時代小説を書かれる方は調べ物しやすいなと感じる反面、誰でもその情報にアクセスできるから、かえって厳しく感じられるだろうとも案じます。私は、様々な史料に目を通したいため、大学でずっとアルバイト職員をしています。小説家デビューした後もずっと大学の図書館に出入りして、教授たちを掴まえて、分からないことをあれこれお尋ねしています。新しい作品を書く時も、先行研究などについて質問したり。大学図書館も近年、一般市民への利用開放枠を広げていますので、そういう意味で本当に資料にアクセスしやすくなりました。だからこそ調べ物に気を使う時代になってきていますよね。資料に縛られてしまうと書けなくなるし、ふんだんに資料が手に入る時代だからこそ、小説の「嘘をつくこと」の技術が問われていくでしょう。
武川 私のデビュー作『虎の牙』は武田信玄の父・信虎を描いた小説なんですが、あれだけ人気のある武田でも、二〇一六年頃は、武田信虎の体系的な研究書というのは出ていなかったんですよ。私がデビューした二年後ぐらいに出て、すごい悔しかったんです。早く出してよ、って。
夢枕 それって本当に悔しいんだよ。やろうと思ってて、自分で頑張って準備できて、いざと思ったら誰かがやるとね。
武川 あと二年早かったら私はそれを読みました(笑)。山梨の県立図書館に行って片っ端から資料を見て、引用されている文献とか論文の先生の名前を辿って、さらにその先生の著作を引っ張って、みたいな感じだったので、むしろ、資料におぼれたかったですね。
私たちは研究家ではなく、書いているのは物語だったり小説だったりするので、資料を参考にしつつ、どれだけ面白い空想の翼を広げられるかがすごく大事だなと思っています。
蝉谷 私の作品では、鬼や、妖怪を出していても、慣習はちゃんと時代に根付いたものを書きたいなと思うので、生活に関する部分、どういう寝具を使っていたか、どんな食事をしていたかなどは「妖怪の出る小説だから曖昧でもいいや」ではなく、その時代の風習を踏まえて、地の文で書くよう心掛けています。だから一応いろいろ資料は読み込むんです。でも、資料を読み込みすぎると、楽しいから、気がつくと、「小説一カ月書いてないな」となってしまいますね。もともと夢枕さんの『陰陽師』から影響を受けているので、妖怪を出しがちなんです(笑)。ただ、妖怪を出すからといって何でもありにしてはいけないとは自戒しています。人間の都合で、ここでちょっとアクションシーンを書きたいから妖怪を出して、殺して、となるような妖怪や怪異の使い方をしたくない。妖怪は妖怪の世界があって、人間は人間の世界がある。そこを自分なりにうまくルール化して、文章に全部出さないまでも、質問されたら答えられるぐらい世界観や設定はちゃんと煮詰めないと、妖怪は出しちゃいけないなと思っています。
武川 陰陽師は、人の世界と人の世界でないものの架け橋。陰陽師だけが両方行き来できるし、見ることができる。普通の人には怪異が起こっても何のことか分からないけれども、陰陽師にはそれを解くことができるという、その両属性というか、特異性というのがすごくいいんですよね。
澤田 奈良時代もそうですし、後の時代になってもそうですけど、陰陽師って専門技官的側面が強いじゃないですか。専門職ってどこにでも立ち入ることができるし、自分の専門範囲については何でも言える。獏先生の『陰陽師』シリーズでも、晴明が帝のことをずっと「あの男」と言い続けて怒られるわけですけど、技官からすると、少なくとも自分の専門分野に関しては「あの男」扱いなわけですよね。陰陽師という職域をもってすれば、いろんなところに自由に分け入ることができる、その特殊性が面白いと思っていて。それもあり、自分の奈良時代の陰陽師の話では、天武天皇が星を見るのが好きで、陰陽寮を作ることになったという設定にして、「じゃあ、天武天皇って星を見るのが得意なんですね」「それが全然当たらなくてさ」という背景にしました。身分の高下を問わずに人が活躍できる物語は楽しいなと感じます。
続きは発売中の「オール讀物」12月号にてお楽しみください!
プロフィール
夢枕獏 一九五一年、神奈川県生まれ。七七年デビュー。代表作に『上弦の月を喰べる獅子』(日本SF大賞、星雲賞)『神々の山嶺』(柴田錬三郎賞)『大江戸釣客伝』(泉鏡花文学賞、舟橋聖一文学賞、吉川英治文学賞)。
澤田瞳子 一九七七年、京都府生まれ。二〇一〇年『孤鷹の天』(中山義秀文学賞)でデビュー。代表作に『満つる月の如し 仏師・定朝』(新田次郎文学賞)『若冲』(親鸞賞)『駆け入りの寺』(舟橋聖一文学賞)『星落ちて、なお』(直木賞)。
武川佑 一九八一年、神奈川県生まれ。二〇一六年に『鬼惑い』で決戦!小説大賞の奨励賞を受賞。一七年『虎の牙』(歴史時代作家クラブ賞新人賞)でデビュー。『千里をゆけ くじ引き将軍と隻腕女』(日本歴史時代作家協会賞作品賞)。
蝉谷めぐ実 一九九二年、大阪府生まれ。二〇二〇年、『化け者心中』(小説野性時代新人賞、日本歴史時代作家協会賞新人賞、中山義秀文学賞)でデビュー。著書に『おんなの女房』(野村胡堂文学賞、吉川英治文学新人賞)他。
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