〈「とにかく動け」「まずは試行錯誤しよう」日本的アドバイスが“生産性を下げてしまう”納得の理由〉から続く
『世界一流エンジニアの思考法』が話題の米マイクロソフトの現役エンジニア牛尾剛さんと、『物語思考』のけんすうさんが日米の働き方の文化について語り合う白熱対談!
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入社後すぐに活躍しだすマイクロソフトの新人たち
牛尾 日米の学生にかけるコストの大きな差、すごく興味深いご指摘ですね。アメリカのマイクロソフトでは大卒の新人が入社後すぐに活躍しだして、みないきなり難しいコード書いたり仕事を自分でリードしたりします。大学で学んだことが仕事に直結しているし、主体性が高い。
日本の場合、マネージャーが具体的な指示を出してみんなが兵隊のように実行するイメージじゃないですか。でも、アメリカのIT企業って大抵どこも、かなりふわっとした要求を出すんです。「こんな感じのものを作ってよ」という曖昧なものが落ちてきて、それを各人が仕様を明確にし、設計し、実装し、運用する。それを全員がやる。設計や実装の仕方に上司がいちいち細かな指示を出すことはしません。
そして経験が足りない部分は、当人が主体的に、技術的にイケている人の頭脳を借りにいきます。「ちょっとレビューしてくれない?」「こういうアーキテクチャーを考えたんだけど、どう?」と助けを求める。まわりに気軽にきけるし、まわりも喜んで助けてくれるカルチャーだから、誰も怖気づかず、1年目からけっこう難しいことにも食らいついていけます。だから、新人もできるようになるスピードが速くて、チームの生産性が非常に高いんですね。
「お前がどうしたいんだ?」と鍛え抜かれる環境
けんすう 僕は以前リクルートという会社にいたんですが、ノリが近いものを感じます。1年目から、「君、このサービスのプロデューサーね」みたいに任されて、経験がないから他の優秀な人とかに聞きまくりながらやるんですけど、1年に50回くらい「お前がどうしたいんだ?」って聞かれるんです。
挫折しそうになると「お前がやりたいって言ったんだろう」っていう詰められ方をするマネージメントですが(笑)、そんな風に問われ続ける環境では、「このプロジェクトを自分はこうしたい」という意志をもつ癖がついてきます。
牛尾 すごくいいですね!
けんすう 主体的にならざるを得ない鍛えられ方のもと、新卒だからというマインドは消えて、自分で仕事を決めていくようになる。リクルートが、海外の会社を買収してもうまく回せて成果があげられるのは、そんな企業文化があるからだと思います。
牛尾 興味深いですね。ところで、今回けんすうさんはなぜ『物語思考』を書こうと思われたんですか?
けんすう いくつか理由はあるんですけど、近年「やりたいことが見つからなくて悩んでいます」という相談が、大学生や社会人になって間もない人たちから多数寄せられていたからなんです。これ、2010年よりも前はほぼ聞いたことがなかった現象です。
2010年代からYouTuberをはじめインフルエンサーというのが流行って、ネットでも「好きなことやればいいよ」という発言が目立ってきました。「やりたいことを見つけないと、キャリア的に失敗だ」みたいな風潮が強くできて、多くの若者が悩み続けてしまう流れがあったので、別の方法論を提示したくて書いたんです。
牛尾 なるほど。けんすうさんはメソッド好きだけあって、この本完璧でしたよ。僕はこのメソッド通りに一切「魔改造」とかせずに自己分析して、一番なりたい状態に近づくためのキャラを設定したんです。僕の本当になりたい姿は、世界中の人々が使ってくれるソフトウェアを書く男で、HashiCorp創業者ミッチェル・ハシモトや僕のメンターのクリスのような存在です。
キャラを設定するプロセスでクリスにインタビューしたら、なりたい状態になるために「僕ならモノづくりをするな」という。そっか、やっぱり彼のようなエンジニアになりたかったら勉強以上にコーディングに時間をかけるべきだなと気付かされ、プライオリティを整理して、実行しているところです。
「弊社は特殊で…」と魔改造をしだす日本企業
けんすう すごくいいですね! 魔改造をしないってわりと大事なポイントで、料理下手な人ほど大体レシピ通りにつくらずにアレンジをするんですよね。まあレシピなら、みんな大きく外れたことはしないけど、人生や仕事のメソッドになると途端に自己流でやっちゃうみたいなのありますよね。
牛尾 それは本当にそう。もともと僕は日本でアジャイルとかDevOpsのコーチをやっていましたが、新しいプロセスの導入にあたって多くのお客さんが「弊社は特殊で…」とか言って独自の魔改造をしだすんですね。日本はこういう文化ですからといろいろな理由をつけて魔改造をするんですけど、そうすると大体うまくいかないんですよね。
けんすう わかります。先日セールスフォース社の方と話す機会があったんですけど、「アメリカ人はツールに人が合わせる」。そっちのほうが生産的だから。でも、「日本人はやっている仕事に合わせて、ツールを変えてくれ」と言うんだとか。
それを聞いて、日本は他の文化圏のノウハウを徹底するのが苦手という話を思い出したんです。歴史的なスケールでいうと、奈良時代に律令制度という中国の官僚制を導入したさい、入れたはいいけどどんどん魔改造してダメになって、腐敗がはびこってしまった。あまり他国から攻められた経験がないので国家制度がグダグダでも滅びずにやってこれたという話を聞いて、なるほどと思いました。新しいものを入れたさい、そのルールを素直に実行するのが苦手なのは、日本企業にも共通する話ですね。
牛尾 全く同じ香りがしますね。僕が日本の大手SIerにいた時代、上司からよく言われていたのは、「現場の操作性が下がったら現場が混乱する。だから変えられない」と。ところが、アメリカのマイクロソフトで働いていると、使っているシステムが2年ごとにまるっと変わっていく。たしかに最初はみんな混乱するんですよ、1日くらいは。でも、2日目からは慣れて、新しいシステムのほうが操作性もシンプルだからみんなが楽になっていく。
失敗しても「ナイストライだったね」ですぐ切り替える
けんすう 今までの慣習とかを中途半端に抱えて捨てきれないから、例えば「メールじゃなくてSlackにしましょう」と言ってもさっぱり移行が進まない、みたいな話はよく聞きます。もったいないですよね。
リクルートという会社は、いろいろなことを簡単に変えられる文化で、10数年前に、全部分社化してホールディングス制にしたんですが、「なんか違うね」と言って、再び統合。普通に考えたら、会社の分割・統合は死ぬほど面倒なことなのに「違ったね」ですぐに軌道修正できる。
あるいは「ホットペッパーグルメ」という有名なサービスがあって、一度名前変えたんですよ、「ホットペッパー FooMoo」って。多くの人は名前変えないほうがいいなと思っていたと思うんですけど、当時の担当者が「変えた方がいい」というのでやってみたらダメだったから、さっと元に戻して。そういう時みな「やっぱりダメだったじゃん」と口にしたりせず、「ナイストライだったね」で切り替えられるのが素晴らしかったです。
牛尾 素敵な文化ですね。
けんすう 僕は日頃、一度決めた方針に固執せず、その場でどう対応するかの方が大切だと思っていて、アメリカ企業のような、早く取り組んで、早く失敗して、早く修正する「Fail Fast」の法則じゃないけど、変化への「対応力」こそが圧倒的に大事。
それは企業文化だけでなく個人のキャリア設計に関してもそうで、たくさんの若者たちから相談を受けてきましたが、自分の人生こうだなと決めてプラン通りにするなんて基本的に無理ですよね(笑)。キャリア設計にそって頑張るのもいいけど、状況はめちゃくちゃ変化していくから、そこに対応できるように備えておくのがいいと思っています。牛尾さんならキャリアに悩む若い世代にどんなアドバイスをしますか?
つらい思いをして仕事をするなんてナンセンス
牛尾 例えば、組織文化とのアンマッチを感じていたりするなら、これはもうup to you(あなた次第)。会社に残って頑張りたいと思うならそれもいいし、こんな上司の相手なんかしてられるかって思ったらさっさと辞めたらいい。自分の心に問いかけてみて、どちらが自分の好みかで、あまり気にせずにジャッジしたらいいと思う。それが間違っていても修正したらいいだけだし。
けんすう 僕だったら転職しますね(笑)。組織の環境を変えるのもいいけど、やっぱりすごく時間がかかるし、そこに10年いたいと思えるか次第ですね。例えば、新卒3年目くらいなら、いろんな会社を見て自分に合う所を探した方が早いと思います。
牛尾 それも賢い考え方だと思います。あと、もうひとつアドバイスがあるとすれば、外のコミュニティをもつといいということ。社外のコミュニティでいろいろな人に会うとより大きな視点が得られて、悩みを相談できたり判断がうまくできたりしますから、超オススメです。
最後に言いたいのは「ハッピーになってくれ」それだけですね。自分がつらい思いをして仕事をするなんてナンセンス。人は幸せになるために働くのだから「君がハッピーだったら、すべてそれでOK!」。
けんすう いいアドバイスですね! 今日は刺激的なお話をありがとうございました。
牛尾 こちらこそ、ありがとうございました。
(誠品生活日本橋にて)
牛尾剛(うしお・つよし)
1971年、大阪府生まれ。米マイクロソフトAzure Functionsプロダクトチーム シニアソフトウェアエンジニア。シアトル在住。関西大学卒業後、大手SIerでITエンジニアとなり、2009年に独立。アジャイル、DevOpsのコンサルタントとして数多くのコンサルティングや講演を手掛けてきた。2015年、米国マイクロソフトに入社。エバンジェリストとしての活躍を経て、2019年より米国本社でAzure Functionsの開発に従事する。著作に『ITエンジニアのゼロから始める英語勉強法』などがある。ソフトウェア開発の最前線での学びを伝えるnoteが人気を博す。
けんすう(古川健介)
1981年生まれ。起業家、エンジェル投資家、アル株式会社代表取締役。浪人時代に受験情報掲示板「ミルクカフェ」を開設。在学中に、レンタル掲示板「したらばJBBS」を運用するメディアクリップの社長に就任。同システムは後にライブドア社に売却。新卒でリクルートに入社後、起業してハウツーサイトの「nanapi」をリリースし、2014年にnanapiをKDDIへM&Aされる。翌2015年にKDDI傘下に設立されたSupeship社の取締役に就任。2018年にアル株式会社を創業、マンガ情報共有サービス「アル」を手がける。現在、きせかえできるNFT「sloth」、成長するNFT「marimo」などを手がけている。
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