- 2024.03.26
- 読書オンライン
19歳でホテル経営を始めた起業家が語る、コロナ禍を乗り越え年商9億円の事業を生み出した「クリエイティブジャンプ」とは?
龍崎 翔子
出典 : #文春オンライン
ジャンル :
#政治・経済・ビジネス
今もっとも注目を集めるZ世代の経営者の一人、株式会社水星代表・ホテルプロデューサーの龍崎翔子さんが初の著書『クリエイティブジャンプ』を上梓した。東大在学中の19歳で起業、“ないない尽くし”の環境から出発しながらも、ホテル業界に新風を呼びこみ、異色の事業展開に成功した裏側には、驚きのビジネススキルがあった!
◆◆◆
金も人員もノウハウもなく……北海道・富良野で起業
――龍崎さんはこれまでトレンドを牽引するホテルやサービスを次々と立ち上げ、注目を集めてきましたが、まだ東大に在学していた時にいち早く起業していますよね。
龍崎 はい、大学2年生だった2015年に起業し、北海道・富良野でペンション経営を始めたのですが、当時は企業勤めをした経験もなければ、ホテルで働いた経験もほとんどなかったため、右も左もわからない状態。資金や人員もノウハウもない、限られた経営資源をなんとかやりくりしながらのスタートでした。
銀行から融資を受けていたものの、とにかく資金が限られていたため、運営に必要な家具や備品は楽天や100円ショップなどでなるべく予算をかけずに揃えました。私が朝7時から夜24時までぶっ通しで顧客対応と予約管理を、(一緒に起業してくれた)母が、パートさんたちの力を借りながら40人分の調理と清掃を担うなど、二人三脚でなんとか運営するような日々。1円を惜しんで節約するあまり、自分たちの過ごす部屋もなかったので、地下室や脱衣所、廊下で寝泊まりしていました。
当時の夢は「ホテル王」になること。事業の拡大を念頭に起業をしたのですが、たった13室のペンション経営に手こずっている現実に、正直、これは正攻法で戦っても絶対に勝てないなと痛感しました。
――そもそもなぜホテルだったのでしょうか?
8歳の時のアメリカ横断旅行での原体験
龍崎 原体験は、私が8歳の頃、両親の仕事の都合で半年ほどアメリカに住んでいた時のことでした。日本に戻る前の最後の1か月間を、家族でアメリカ横断ドライブすることになったのですが、西海岸へ向かう車の旅は、いざ体験してみるとすごく大変で、広大な土地が続く光景を尻目に、ひたすら後部座席に座っているだけの単調な日々。一日の終わりに泊まるホテルだけを楽しみに過ごしていたのに、毎晩ホテルに着いて客室のドアを開けた時の景色は、昨日も今日もなんら変わり映えのしない「無味無臭な」空間が広がっていて、生意気にも「ホテルってほんまにおもんないな」と感じました。
土地によってそこにある景色も、空気感も気候も風土も全く異なるのに、なぜホテルはどこも代わり映えしないのだろう? そんな違和感を感じて、自分だったらこういうホテルをつくるのにとあれこれ妄想するようになったのが、一番最初のきっかけです。
その後、ホテル経営が具体的な人生の目標になるのは小学5年生になってからですが、「ホテルがかっこいいから自分もやってみたい」ではなく、「自分が泊まりたいと思えるホテルが世の中にない、でも絶対にあるべきだ」という課題感を抱いたことで、この“渇き”を解決できるのは自分しかいないという使命感に駆り立てられたのです。
――なるほど。資本力がものをいうホテル業界での起業を目指すなら、ある程度資産形成してから、あるいは一般企業で社会経験やいろいろなコネクションを得てから、とは考えなかったんですか?
龍崎 はじめは私もそんなキャリアイメージを持っていたのですが、高校2年生の時に東京オリンピック(2020)の開催が決まったことが大きな契機でした。日本のホテル業、観光業に大きな波が来ることが目に見えている中で、悠長に大学を卒業して就職をして……というキャリアプランを描いていては、絶対に間に合わないと思いました。日本の観光業が変わっていくビッグウェーブに乗っからない手はないぞ、と。
折しも2010年代にはインターネットの発展が著しく、誰でも手軽にWEBサイトを作って集客をできるようになりはじめている時代でした。それまで様々な業界で民主化が進み、知識や経済的リソースが限られている個人でも事業に取り組みやすくなっていたんです。Airbnbの台頭などは、その象徴的な事例ですね。
ドットコムバブルのただ中でリアルビジネスを選択
――東大経済学部という環境では、周りに起業を目指す人も多かったんですか?
龍崎 当時、ドットコムバブルの第二波が来ていたので、起業を志す学生も一部にはいました。キュレーションメディア全盛期でもあったので、学生のスタートアップと言えば、キュレーションメディアかアプリを育てて、バイアウトを狙うのが主流。ただ、地味なリアルビジネスをしようとしている私から見れば、どう資金調達してどう事業価値を高めてバイアウトをするか、を念頭に事業をしている方々は違う世界にいるように感じられました。
その頃「なんか、意識高いね」みたいな言葉が流行ってて、今ほど起業するのが一般的じゃなかったこともあり、周りからは揶揄されてましたね。「女の子は夢を追いかけられていいね」と謎のマウントとられたりもして(笑)。
また、東大生なら外銀や戦コン、官僚や広告代理店などのいわゆる「いい企業」も目指せるのに、「なんでホテル? もったいないね」とよく言われました。ただ、私はみんなが行くところに行っても勝てないし、他の人があまり選ばない、新陳代謝が生まれづらい業界で、自分にしかできない仕事をしてぶちかませたら面白いと思っていました。
――でもいざ起業したら、ないない尽くしの現実で大変だったと(笑)。
龍崎 はい、とにかくお金もなく、人もいなくて、本当に何から何まで手弁当! 開業当初は予約が全く入らず、予約が1件入るごとに母と抱き合って喜びました。
今となっては笑い話ですが、本来であれば専用のシステムで処理するような煩雑な予約管理作業を、諸事情でやむなく手動で行っていた時期もありました。恐ろしく非効率な作業だったため、案の定、夏の繁忙期にダブルブッキングが頻発し、涙目になりながら自分達が寝泊まりしていたスタッフルームをめちゃくちゃ綺麗にベッドメイキングして、お客様をお通ししたこともしばしば。
ですが、パートさんたちに恋愛相談に乗ってもらったり、海外からのお客さんにお見合い話を持ちかけられたり、忙しくも楽しい北海道の日々でした。
――そんな状況からどうやって事業を飛躍させたんですか?
「いいホテル」ではなく「選ぶ意味のあるホテルブランド」を
龍崎 初期はいわゆる業界の正攻法、つまり、とにかくOTA(ホテル予約サイト)で多くのお客さんに予約してもらえるように試行錯誤していました。OTAは予約手数料が15%~20%ほどかかる上、アルゴリズムを攻略しようとすればさらに手数料率を上げるか、割引をしなくてはいけない。マーケティングに力を入れれば入れるほど、利益率が下がるという「負のスパイラル」に陥っていました。
それまでの自分は、快適な空間や設備に美味しい食事……といわゆる「いいホテル」をいかに作るかばかりを考えていたのですが、ある時、その考え方自体が間違っていたことに気がつきました。経営資源が限られて行き詰まっているときに、既存の価値観に照らし合わせて「いい」とされるものを作ることは難しい。つくるべきは、「いいホテル」ではなくて、「選ぶ意味のあるホテルブランド」である、と。
――なるほど。
龍崎 そこで、ホテルとはただの寝床ではなく、「ゲストと人」「ゲストと土地」「ゲストと文化」を媒介するメディアとしての空間ではないかと、自分たちの持っている資産、つまりアセットを再定義したんです。
その気づきを元に、2017年に大阪・ベイエリアの弁天町にオープンした「HOTEL SHE, OSAKA」では、時代や土地の空気感をホテルの宿泊体験の中に織り込み、昇華させることで、お客さんにとって選ぶ意味があるホテルブランドとして認知してもらうことができるようになりました。本来、立地的に有利ではないとされる場所でしたが、予約の絶えないホテルとなりました。
ホテルの「価値を再定義」し、「時代や土地の空気感」を読み込み、お客さんの「インサイトを掘り起こし」ながら、いい意味で「異質なものとマッシュアップされた」プロダクトを作り、それをお客さんが思わず次の人に伝えたくなる「誘い文句をデザイン」する。
これは本書で私がクリエイティブジャンプの5つの軸として打ち出しているものですが、事業に、そして業界そのものに大きなゲームチェンジをもたらすことができる“魔法の方程式”だと思っています。
レコードプレイヤーを軸に“異質な宿泊体験”をつくり出した
――具体的には何をやったのでしょう?
龍崎 HOTEL SHE, OSAKAでの具体例としては、「アナログレコードプレイヤー」を軸に宿泊体験を組み立てたことが、大きな転機となりました。同館では全ての客室にレコードプレイヤーを設置しており、お客さんはチェックインの際に、カウンターに併設されたレコードラックから気に入った盤を選んで、客室に持ち帰って聴くことができます。
これは、ホテルをメディアとして再定義し、普段は体験できないような異質な文化への入り口としてレコードプレイヤーを位置付けているからなのですが、それと同時に、港湾労働者の街である大阪・弁天町の工業的で昭和っぽい情緒が宿る土地の空気感を表象する存在ともなりました。
ホテルの客室でレコードを聴くことができる異質な体験だからこそ、お客さんの印象に残り、「こんなホテルに泊まったよ」と思わず人に伝えたくなる――そんな誘い文句のフックとしても「レコードプレイヤー」が機能したわけです。
――この成功により、当時、まだライフスタイルホテルという言葉が日本にほとんどなかった時代に、「ホテルめぐり」カルチャーの火付け役にもなりましたよね。その後、湯河原の温泉旅館をヒットさせたり、ホテルの可能性を次々と拡張するような目覚ましい事業を展開してこられています。
クリエイティブジャンプで社会の抱える課題も一気に解決
龍崎 ホテルという資本規模がものをいう世界で、私たちのようなスタートアップ企業が生き残っていくために、様々な挑戦を続けてきました。コロナ禍のさなかでは、すべてのホテルの休館を数ヶ月間余儀なくされ、再開後はシーズン中ですら全然誰も来ないような大逆風の試練が続きました。
しかしそんなコロナショックにもめげず、2020年にプロジェクトスタートした「泊まれる演劇」では、イマーシブシアターという最新の演劇体験を宿泊と組み合わせ、ホテルをディスティネーション(目的地)化するという新しい試みに取り組みました。
また、2022年にオープンした「HOTEL CAFUNE」という産後ケアサービスに特化したホテルでは、助産師や保育士が常駐し、24時間体制で産後の家族を支える宿泊体験を提供しています。最近では、「やわらかい旅行社」という、摂食嚥下障害を持つ方やそのご家族を対象にした、“食のバリアフリー”を実現する宿泊滞在のあり方を実現することにも挑戦しています。
観光業界に大逆風が吹いたような時期にも、このように自らのもつアセットの本質を捉え直し「クリエイティブジャンプ」を生み出すことで壁を突破し、非連続な成長を生み出してきました。今や年商9億円の事業規模にまで拡大しています。
これまで、クリエイティブジャンプによって、自社の課題だけでなく、お客さんの課題、社会の抱える課題を一気に解決できる場面に立ち会ってきました。自分自身が抱えている課題に徹底的に向き合って、どうやってビジネスの枠組みの中で解決できるのかを突き詰めることが、結果的に社会の抱える課題に対する良きソリューションになることがよくあります。
――社会性の高い事業を各方面に展開しながらも、ビジネスとしてきちんと成功させている点にも希望を感じます。
龍崎 ありがとうございます。仕事において、誰しもが正攻法で戦ってうまくいかないシーンを経験していると思います。「頑張っているのにうまくいかないな」という時、本書は、オルタナティブな打ち手を生み出せる強い味方になるでしょうし、日々の企画で面白いアイデアを出したい時、あるいは扱っている商品やサービスを効果的にPRするためのノウハウも凝縮しました。
業種・業界を問わず応用範囲のスキルなので、起業や新規事業に興味のある人のみならず、たくさんの方々に読んでいただけたら嬉しいです。
龍崎翔子(りゅうざき・しょうこ)
1996年生まれ。ホテルプロデューサー、株式会社水星代表取締役CEO。東京大学経済学部卒。2015年、在学中に株式会社L&Gグローバルビジネス(現・水星)を設立し、北海道・富良野でペンション運営を開始。その後、関西を中心に、ブティックホテル「HOTEL SHE,」シリーズを展開し、湯河原、層雲峡をはじめ全国各地で宿泊施設の開発・経営を手がける。クリエイティブディレクションから運営まで手掛ける金沢のスモールラグジュアリーホテル『香林居』がGOOD DESIGN賞を受賞。ホテル予約プラットフォーム『CHILLNN』や産後ケアリゾート『HOTEL CAFUNE』など、従来の観光業の枠組みを超え、〈ホテル×クリエイティブ×テック〉の領域を横断し、独自の事業を展開する。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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