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「ハゲが笑われる世界が怖いから、この小説を読んで怖くなるんだと思います」小説家・大前粟生が高瀬隼子『め生える』に感じる“怖さ”と“あたたかさ”

「ハゲが笑われる世界が怖いから、この小説を読んで怖くなるんだと思います」小説家・大前粟生が高瀬隼子『め生える』に感じる“怖さ”と“あたたかさ”

「別冊文藝春秋」編集部

高瀬隼子×大前粟生 対談 #1

出典 : #文春オンライン
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 高瀬隼子さんの新刊『め生える』は、みんなが「はげ」た世界を生きる人々を描く衝撃作です。大前粟生さんは高瀬さんの小説に、“怖さ”と“あたたかさ”の両方を感じると言います。

 私たちを取り巻く人間関係の“怖さ”を絶妙に掬い取って小説にするお二人の創作の秘密に迫る対談をお届けします。(全3回のうちの1回目/司会進行=U-NEXT・寺谷栄人/撮影=松本輝一)

***

不条理が当たり前になった世界で

——大前さんは『め生える』をどう読まれましたか?

大前 せっかくだからあらすじからご紹介できたらと。ちょっとSFっぽい設定というか、ある日をきっかけに16歳以上くらいの大人の頭から髪の毛がなくなった、ディストピア的な世界を描いている作品です。髪の毛がなくなったその日以降の日常を、昔から髪が薄いことがコンプレックスだった真智加と、その日パニックになった男性に公衆トイレで髪の毛を切られた琢磨という二人の視点から描いています。みんなはげてしまったあとの日常を描いているんですけど、見た目に変化が訪れても、人は何も変わらないっていうことが描かれていて。いま現実ではげている人がいじられたり自虐したりしているっていうのを、そのまま反転して書いている。髪がない世界で髪がある人はある人なりに苦しんでいるというか、目立つということを何より恐れていて、でもどうしてそういうことを恐れてしまうのかということにあまり疑問を持たないなかで暮らしている。不条理に苦しみながら、でもそれが当たり前というか、仕方ないしなと思って生きている人たちの話です。

 

高瀬 えっ、めっちゃわかりやすい。丁寧にまとめていただきありがとうございます。うれしい……と同時に私こんなにうまく大前さんの本の紹介できるかな、と焦り始めました(笑)。

大前 僕は高瀬さんの小説を「怖い」と思いながら、不条理ものというか、ホラーだと思って読んでまして。人間の社会の理不尽さをそのまま描きながら、登場人物たちがみんな他者とか社会から求められる役割と本来の自分自身との間で板挟みになっている。そして、結局その板挟みになっているところから抜け出したりできないまま終わるので、かなり怖いなと。

 でも、みなさんもそうだと思うんですけど、高瀬さんの小説からは「あたたかさ」みたいなものも感じるんですよね。それは心理描写がすごすぎることでそうなってるのかなと思ってて。ちょうどかゆいところに手が届く、みたいな。人の心理を描くのがすごく上手だなと。不条理のなかに、「そこ気付いてくれたんだ」みたいな部分があるのが高瀬さんの小説の特徴かなと、思っています。

高瀬 ありがとうございます。そうか、そうなんですね。私、書いてるときは怖い話にしようとは思ってないんです。むしろ怖くはないよね、と思いながら書いてて。でも読んでくださった方の感想を聞いて私も怖くなることが結構あるんですよ。

 いま私たちの社会では、なぜか「はげ」だけは笑っていいことになってる気がしたんです。笑っちゃダメなのに笑っていいものになっているのが気持ち悪くて、『め生える』を書き始めました。最近も、道端で幼い子どもが大声で「はげ!」と言って笑ってるのを目にして。

大前 え、人を指さしてですか。

高瀬 たぶんそうです。

大前 えっ、こわ!

高瀬 でもそれって、生まれた時からそうやって笑ってるんじゃなくて、テレビとか親御さんとか、周りの誰かから受けた影響でその子は笑ってるわけじゃないですか。はげの話っていうだけでなんか「ふっ」て笑う人もいるだろうなと思って、怖いのはそっちじゃないかと。はげが笑われる世界が怖いから、読んで怖くなるんだと思います。

 

小説の怖さとあたたかさ

——先ほど大前さんは、高瀬さんの作品のなかには「あたたかさ」があるとおっしゃっていましたが、たとえば『め生える』だとどこに感じられましたか?

大前 言葉とかフレーズがあたたかいっていうより、人がほんとはこう思っているってことを小説の中の言葉として読んで知ることができるということ自体があたたかいっていうか、うれしく感じるんです。

高瀬 自分の小説についてではないですけど、本を読むときにそういう経験はしているのでわかります。好きな作家さんの本を読んでいて、作品も大好きなんだけど、書かれている深刻なテーマや重たい描写に傷つくことがあるんです。でも、傷ついて辛いけど、その傷からしか動けないというか。辛い話でも、そういうものを受け取ったときに励まされた感じがするんですよね。読んでるときは傷ついてるけど、2、3日後に励まされていたり、人生を通して励まされていたり。でも自分の本では自分は励まされていないかもしれないです。

大前 先ほどかゆいところに手が届くというふうに言いましたが、高瀬さんの小説にはそういうパンチラインみたいなものがありますよね。ご自分では「よしここはウケるぞ!」みたいに思ったりしますか?

高瀬 いや、逆に私は「普通さコンプレックス」みたいなのがあって。ずっと小説家になりたかったけど、イメージのなかの小説家は破天荒で、お酒を飲んで暴れまわってるんですよ。法律とかも守らないみたいな(笑)。だからこそ人にはない発想ができる、天才みたいな人。自分はこつこつ真面目なタイプで、就職してからも11年半くらい無遅刻無欠席で働いたんですよ。そんなふうに社会から求められる型にはまれる自分が考えることって、特別ではなくて、誰もが考えてることだとずっと思ってて。もちろん人は一人ひとり違うので、それはそれで傲慢なのはわかってるんですけど、でも自分なんかが思いつくことはみんなもう思ってるでしょっていう意識がずっとあるから、パンチラインが書けてる自信とか自覚はないです。

高瀬さんの次回作は「ドラえもん」⁉

大前 そうなんですね。読者としては、こんなに人のことがわかっている人ならなんでも書けるだろうなと思っちゃいます。『ドラえもん』とか。

高瀬 『ドラえもん』ですか⁉ それはどういうことですか?

大前 『ドラえもん』って話の型があるじゃないですか。ドラえもん自体のイメージも。そういう強い縛りがあるものと、高瀬さんの小説が出会ったらどういうものになるんだろうってすごい気になってて。

高瀬 私の小説を読んで「怖い」とおっしゃった大前さんが『ドラえもん』を書けって言ってくるのが不思議で(笑)。それは「怖いドラえもん」なのか、「怖さを封印した高瀬のドラえもん」なのか、どっちなんでしょう?

大前 わかんないです(笑)。

高瀬 怖いドラえもんは子供に見せたくないですよね。とすると、ハートフル路線……でもハートフルな話は書いてみたいんですよ。デビュー前の作品にはそういうものもあった気がします。

大前 高瀬さんが思うハートフルってどんなものですか?

 

高瀬 「池の水ぜんぶ抜く」っていうテレビの企画があるじゃないですか。あんな感じで、汚くて大きい池があって、外来種を全部釣って在来種だけにしようっていうボランティアをしている人たちが「外来種だ、殺せ! 卵も全部引き上げて殺せ!」ってやってるのを、そのボランティアには所属していない中年男性が見て、傷つくっていう話を昔書いて。

大前 それ、ハートフルなんですか?(笑)

高瀬 ボランティアの人たちは正義感をもって殺してるけど、傷ついたおじさんは夜中にこっそり餌をやるんです。それが見つかってドタバタあって、会社でも嫌なことがあって、池に飛び込んで死んじゃうっていう、そんなオチだったと思います。この話は賞に応募したけど落選しました。

大前 それは普通に怖い話だと思うんですけど(笑)。

高瀬 命を愛する気持ちみたいなテーマを書いたっていう意識からハートフルだと記憶していたんでしょうね。いま思い出したのでつい話しちゃいました。

『ドラえもん』はちょっと書いてみたいですね。もし書けたら裏でこっそりお送りします。

大前 ぜひお願いします(笑)。 

 

2024年2月9日に往来堂書店にて行われたイベント「理不尽と同調圧力の扱いかた」を再構成しました

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