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「探偵の推理ショーって優しいなとずっと思ってて」小説家・高瀬隼子が驚いた大前粟生『チワワ・シンドローム』誕生秘話

「探偵の推理ショーって優しいなとずっと思ってて」小説家・高瀬隼子が驚いた大前粟生『チワワ・シンドローム』誕生秘話

「別冊文藝春秋」編集部

高瀬隼子×大前粟生 対談 #2

出典 : #文春オンライン
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

「ハゲが笑われる世界が怖いから、この小説を読んで怖くなるんだと思います」小説家・大前粟生が高瀬隼子『め生える』に感じる“怖さ”と“あたたかさ”〉から続く

 大前粟生さんの『チワワ・シンドローム』を読んだ高瀬隼子さんの第一声は「待って、こわいこわいこわい」。対等なはずの友人関係に潜む「支配」を鋭く描き出した、ミステリー仕立ての作品です。

 私たちを取り巻くそのような“怖さ”を絶妙に掬い取って小説にするお二人の創作の秘密に迫る対談をお届けします。(全3回中の2回目/司会進行=U-NEXT・寺谷栄人/撮影=松本輝一)

***

主人公が怖かった『チワワ・シンドローム』

高瀬 では『チワワ・シンドローム』のお話を。主人公の田井中琴美さんは、自分にすごく自信がなくて自己評価が低いんですね。「私なんかが」って言っちゃうタイプの女性で。恋人になりかけてる男性の三枝新太さんがある日、急に連絡が取れなくなっちゃう。新太どうしたってなって、LINEとか送っても全然既読にならなくて落ち込んでたときに、昔からの友だちの穂波実杏さんが「琴美大丈夫?」って来るんですね。ミアはすごく美人で自分にも自信があって、琴美とは真逆なんです。ミアはインフルエンサーをしていて、自分に自信がない、「死にたい」って言ってる子たちを「あなたは大丈夫だよ」と優しく守ってくれるような人。琴美とミアが二人でいなくなった新太のことを捜しはじめるんですが、世の中では〈チワワテロ〉が起こる。新太がいなくなる前に、新太のシャツの袖のところにチワワのピンバッジがついてたんですが、同じように街中でもチワワのピンバッジが800人くらいの人につけられるっていう〈チワワテロ〉が起こって。でもどういう基準で選ばれてつけられたのかがわからなくって、新太捜しと〈チワワテロ〉の謎解きが並行して進んでいく。だから続きが気になって一気読みした方が多いんじゃないかと思います。

 

高瀬 ストーリーはミステリー仕立てでドキドキワクワクするんですけど、めっちゃ怖かったんですよ、私。もちろんストーリーはホラーじゃないし、誰かを傷つけたり殴ったりということも起きないので、そこは怖くない。新太がいなくなったのも怖いけど、新太は自分の意志でいなくなっているので事件とかじゃない。でも「人間」が怖かったんです。

 私は最初から、主人公の琴美が怖かったんです。高校時代にミアから「いつまでも、弱くて可愛いままでいてね」って言われたその言葉をずっと心のお守りのように思ってるという描写があって。そう思いながらずっとミアとつき合ってるこの子怖い! って。

高瀬 でもきっと、新太を捜す過程で琴美が成長する話なんじゃないかという予想を立てて読んでいました。実際、いろんな事件を越えていくなかで、琴美には変化があって、そこで琴美は怖くなくなったんですけど、ミアは怖いままだったんですよ。ミアは最初から最後まで怖かった。でも最初の怖さは、琴美に対して自覚的に「あなたは弱いから私が守ってあげる」っていう「支配」の怖さだったんですが、最後のほうはむしろミアのほうが琴美に依存してしまっているというふうに私は読んだんですね。ミアは自分の考えるミアであるために琴美が必要で、自分が強くあるために弱い人を求めている。最後には警察沙汰まで起こしてしまって、救済が必要なのはミアのほうだと思った。いちばん怖かったのが、琴美に「もう自由になっていいんだよ」って言われて、それは琴美の成長から出た言葉なのに、それに対してミアは、「だから私は、琴美を選んだのかな」って返すところ。どこまで行ってもこの子は「自分が与える側だし選ぶ側なんだ」っていう意識が変えられないんだなと。もうミアを助けてあげたい! ミアがいちばん怖いままじゃん! ってなって。

大前 ありがとうございます。めちゃくちゃ丁寧に読んでくださって、自分はそんな話を書いたんだと改めてわかったような気がします。

高瀬 でもまずはストーリーが面白かったです。なんでミステリー仕立てにしたんですか?

 

探偵の推理ショーは、優しい

大前 探偵っぽい人物が推理ショーをするところを書きたいなとまず思ったんです。探偵って優しいなとずっと思ってて。犯人がやったことを、本人や関係者の前で、犯人の心理や犯行手順を追いながら説明してあげるじゃないですか。それって加害者側の人に「私はあなたの理解者ですよ」って言ってあげてるようなことだなと。犯人は単に捕まるよりも、探偵に推理ショーをしてもらってから捕まったほうが、たぶんその先の人生が豊かなものになるんじゃないかなというふうに考えてて。

高瀬 え~~そんなふうに考えたことなかった。だけど、言われてみれば、あっさり犯人逮捕! って連れていかれるより、「ここであなたは戸惑った、そして……」みたいな感じで謎解きしてもらって、ほかの人にも犯人に何があったか共有してもらったほうが、その後の人生が豊かになると……めっちゃ面白いです。

大前 それで何か事件を起こしたいと思ったんですが、事件は事件だけど、ちょっとネタにできるようなもの、写真に撮ってSNSに上げちゃうくらいの、被害を受けた側も怖いと思いながらもしめしめと思ってしまうようなものが何かないかなと思って、こういう事件にしました。

高瀬 絶妙ですよね。これがもっとおどろおどろしい感じのバッジだったら「え、気持ち悪っ、こわっ」ってなるけど、かわいいチワワのバッジだから。

大前 はじめてのミステリーだったので、すごく難しかったです。編集者さんからのフィードバックで、一つの箇所を直しましょうとなると、それに伴って関係するほかの箇所すべてを直さないといけないので、無限にゲームのデバッグ作業をしてるみたいな感じで(笑)。僕の作品のなかでもいちばん読みやすいと思うんですけど、書くのはいちばん辛かったです。

小説が日常に接近する瞬間

高瀬 そうだったんですね! いや、でも予想したのと全然違う作り方でした。チワワが好きなのかなって(笑)。

大前 そういうわけじゃないです(笑)。でも最近なんか、チワワが日常に接近してきてるっていうか。

高瀬 どういうことですか?

大前 昨日美容室に行ったんですけど、別のお客さんがチワワを連れてきていて。

高瀬 美容室のなかにですか?

大前 パーマ当てられながら、机の上にチワワを置いてずっと喋ってて、チワワはこっちをチラチラ見てくるっていう(笑)。

 それだけじゃなくて、その2日前に谷中霊園のあたりを散歩してたんですよ。なかに交番というか駐在所があるんですけど、そこを通りかかったら、机の上にチワワがいて。

高瀬 へっ⁉

大前 なんか警察官と見つめ合っていました(笑)。迷子なのかなんなのかよくわかんないんですけど。

高瀬 チワワづいている……。

 

大前 書いたことでその題材とかが現れるようになることありませんか?

高瀬 あります。あれ怖いですよね。昨年10月に『うるさいこの音の全部』という本を出して、それはゲームセンターで働きながら小説を書いている主人公が、職場で小説を書いていることがバレて大変、みたいな話なんですけど、それを書いたあとに私も職場で身バレしました(笑)。小説のなかで主人公がいろいろあって仕事辞めたいなと思う場面があるんですけど、本が出たあとで、私も仕事を辞めて。書いている時は辞めると思ってなかったんですが。なんかありますよね、出したモチーフが現実に現れるって。私の場合は結局自分が仕事辞めただけじゃんって話なんですけど、チワワは外部の話じゃないですか。

大前 そうですね。

高瀬 引き寄せてるんですね。だってどっちも経験ないですよ、美容室も駐在所も(笑)。

大前 不思議ですよね。だからまた何か起こるんじゃないかなと。

 

2024年2月9日に往来堂書店にて行われたイベント「理不尽と同調圧力の扱いかた」を再構成しました。

単行本
チワワ・シンドローム
大前粟生

定価:1,650円(税込)発売日:2024年01月26日

電子書籍
チワワ・シンドローム
大前粟生

発売日:2024年01月26日

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