佐藤優氏と対談していると、化学反応とでも言うべきでしょうか、想定していた話が思わぬ方向に進んでいくことがよくあります。本書も、そんな形になりました。
当初は、イスラエルによるハマスへの攻撃やロシアによるウクライナ侵攻、さらにアメリカ大統領選挙と、現下の国際情勢を語る上で欠かせない素材を俎上に載せていたのですが、いつしか「グローバルサウス」の話に発展しました。
グローバルサウスに関する詳しい定義は本文中に譲りますが、かつて開発途上国と呼ばれていた主に南の国々が、急激に経済力を獲得し、世界に存在感を示すようになりました。
これらの国に共通する点の一つは、「民主主義」というイデオロギーに囚われないことです。民主主義は、実に手がかかって非効率な政治システムです。対立するさまざまな意見を尊重しながら集約を図らねばなりません。時間ばかりがかかります。
しかし、「英明な指導者」がいれば、権威主義的な政治体制になろうが、はたまた独裁国家になろうが、経済は発展します。急激に経済成長を果たした国の多くに共通するのが、こうした傾向です。
経済が立ち遅れた開発途上国でインフラを整備するには手間暇がかかりますが、独裁者がいれば国民の意思を無視してでも開発を進めることができますから、短期間で目的を達成するのです。
開発途上国と呼ばれた南の国々は、北半球に位置する先進諸国によって占領されたり植民地化されたりしてきました。それが、どれだけ屈辱的だったことでしょう。その途上国が独裁的な指導者によって成長を始めると、北半球の国々が余計な口を出してきます。曰く「民主主義的であれ」、曰く「自由な言論活動を保障せよ」、曰く「国際社会と協調せよ」等々。
「何を勝手なことを」と、途上国の人たちは言うに違いありません。「お前たちは我々を植民地にして人権を無視。抵抗を抑圧して暴利をむさぼってきたではないか。それが、いまになって我々にお説教を垂れるとは、どういう神経をしているのだ」と。
ロシアがウクライナに侵攻した際、国連総会はロシアを非難する決議を採択しましたが、インドや南アフリカなどかなりの国々が棄権に回りました。
インドにしてみれば、イギリスの植民地として辛酸を舐めた歴史があります。かつての帝国主義国家にロシアを非難する資格があるのかと思っていることでしょう。
また、東西冷戦時代、インドが中国と敵対した際、当時のソ連はインドを支援しました。ソ連が中国と対立したので、「敵の敵は味方」の論理でインドに接近したに過ぎないのですが、インドにはソ連に対する感謝の念があり、それがロシアに対する親近感につながっています。
経済が発展するインドにとって石油エネルギーは必須。ロシアから石油を購入することについて、他国からとやかく言われる筋合いはないと思っていることでしょう。
南アフリカも、かつては白人支配のアパルトヘイトに苦しんだ黒人たちが解放闘争に取り組んだ際、ソ連の支援を受けました。アパルトヘイトが撤廃され、黒人たちによる政権が誕生した今も、南アフリカの指導層はソ連の後継国家ロシアに恩義を感じているのです。
このように急激に発展してきた国々にとって、大事なことは自国の発展。国際連帯という美辞よりは自国第一主義です。
そんな全体の動きのモデルになっているのが、アメリカのドナルド・トランプ前大統領です。「アメリカ・ファースト」を主張し、国際協調に見向きもしない姿勢は、まさに開発途上国。グローバルサウスそのものです。彼は、まさにアメリカ国内での「グローバルサウス」を象徴しています。
国土の広大なアメリカは、地域によって大きな差異があります。私たちがよく見るニューヨークやカリフォルニアはアメリカ国内の「先進国」。それに対し、カンザスやオクラホマ、アーカンソーなどの農業地帯は、給与水準も決して高くはなく、高学歴の人が少ない地域です。まさにアメリカ国内でのグローバルサウスの位置に存在するのです。
そう考えると、トランプ前大統領の選挙に向けての快進撃は、まさにアメリカ国内での「グローバルサウスの逆襲」ではありませんか。
世界が発展した北と途上国の南に分断されているように、アメリカ国内でも分断が進んでいます。アメリカ社会の分断は、トランプ大統領が生み出したものではなく、これまで進んでいた分断がトランプ大統領を生み出したのです。
アメリカ大統領選挙の行方は予断を許しませんが、トランプ氏が自国第一主義を掲げると、対抗してバイデン大統領も自国を優先せざるを得なくなります。結果として、アメリカは一段と内向きになり、世界の中で存在感を失っていきます。これまで日米関係を重視していればよかった日本ですが、今後の世界の激変に備えなければならない日が近づいています。
アメリカという後ろ盾が遠景に後退すれば、日本はアジアの中で前に出なければなりません。そこに押し寄せるグローバルサウスの激流。日本の覚悟が問われるのです。そんなリスクいっぱいの近未来に備えるために、本書がお役に立てれば幸いです。
二〇二四年三月
ジャーナリスト 池上 彰
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