日本学術会議のメンバーに推薦された会員候補一〇五人のうち、六人が菅義偉首相(当時)によって任命されなかったことが判明したのは二〇二〇年一〇月のことでした。なぜ六人だけが任命されなかったのか。菅首相は、その理由を明らかにせず、「総合的、俯瞰的活動を確保する観点から判断した」という意味不明の言葉を繰り返すだけでした。
実際には、安倍政権が進めた安保法制や「共謀罪」法制定などの動きに批判的な発言をしてきた人文・社会科学の分野の研究者が狙い撃ちされたのですが、それを認めれば、「学問の自由の侵害」「表現の自由の否定」ということになってしまうため、言を左右にして逃げるしかなかったのです。
日本学術会議は、「政府・社会に対して日本の科学者の意見を直接提言」(日本学術会議ホームページより)する機関です。日本という国家を舵取りする政治家に対し、科学者の立場で発言していく。当然のことながら、テーマによっては政府の方針と異なることもあるでしょう。それでも、政府にとって耳に痛い言葉を聞く。これが知性ある政治家の責務です。それが、「気に食わないから任命しない」では、反知性主義と言うしかないでしょう。
どうも、このところ日本社会には反知性主義が蔓延しているのではないか。与野党を問わず数多くの政治家の発言から、知性の煌きが感じ取れません。教養という言葉は、どこに消えたのか。いくらなんでも、もう少し何とかならないものか。
この焦燥感において佐藤優氏と意気投合し、日本そして世界をよりよく理解するための助けになる書籍を読み解いていこうということになりました。この問題意識のもとに本書が完成しました。
たとえば、このところカール・マルクスの『資本論』が再び脚光を浴びているのは、なぜなのか。行き過ぎた資本主義の欠陥が明らかになっているからではないか。米中の対立をどう見たらいいのか。「新冷戦」なのか、「帝国主義」の新たな勃興なのか。そうしたさまざまな問題あるいは課題を読み解く補助線になるのが、古典なのではないでしょうか。
万巻の書を読み続けてきた佐藤氏と一緒に多数の書籍を読み解き、その現代的意味を考えるのは、実に知的興奮を味わう時間でした。そんな珠玉の時間を、読者のあなたにも持っていただきたい。そんな思いを持って、この書を世に出します。
二〇二一年一一月
池上 彰
(「はじめに」より)
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