- 2024.10.14
- 読書オンライン
「ニッポンの介護現場は、もう限界だ。かならずどこかで破綻する」 高齢者ビジネスの闇をえぐる社会派ミステリー!
相場 英雄
相場英雄『マンモスの抜け殻』インタビュー
出典 : #文春オンライン
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
超高齢化社会に突き進む日本。その受け皿となるはずの介護業界に広がる「闇」を描いたミステリー『マンモスの抜け殻』が文庫化された。殺人事件に向き合う刑事の前には、「闇残業」「やりがい搾取」「洗脳された職員」など、介護ビジネスが抱える問題が立ちふさがっている。本書を執筆した作家・相場英雄さんは、非正規労働者の問題を鋭く描いた『ガラパゴス』など「震える牛」シリーズが累計50万部を突破するなど、社会派ミステリーの話題作を放ち続けている。
ここでは文庫化された『マンモスの抜け殻』の単行本刊行時のインタビューを再公開する。(初出:2021年12月12日)
◆◆◆
ボコボコにへこんだ介護施設のミニバン
――介護問題を描こうと思ったきっかけはなんだったのでしょうか。
相場 朝と夕方に犬の散歩をしていると、介護施設のミニバンをたくさん見かけるんです。そのほとんどが、車体の部分がボコボコにへこんでいる。施設の名前が書かれた車は、ある種の『看板』であるはずなのに、修理をせずに公道を走っている。この業界はどうなっているのか、と疑問を感じたんです。
もう一つは、コロナ禍で、地元の新潟に帰れなくなったときに、「親の老後」のことを真剣に考えました。「まだ先のこと」ではなく、「今、ここにある問題」だと思ったときに、デイサービスを受けた後、ボコボコにへこんだミニバンで送迎される、お年寄りたちの姿が、まるで自分の親のように見えたのです。
――取材した結果、介護業界の現状はどうだったのでしょうか。
相場 新型コロナへの不安から介護サービスの利用控えが進み、2020年のこの業界の倒産件数は過去最多の水準でした。事業者の経営も厳しくなり、労働環境も悪化しています。過酷な労働条件のなかで、職員たちは疲れきって、車をぶつけることも多くなり、それを修理する余裕もないのだと。スタッフが追い詰められた介護施設に、果たして、自分の両親を任せられるだろうか、という不安をいだきました。
今まで、いろんな社会問題を書いてきましたが、これほど我が事のように感じたテーマはなかったですね。
対策として、政府は、介護報酬を21年度の改定で、0.7%引き上げますが、これでは焼け石に水。ニッポンの介護は限界であり、それは私たちの問題だ、と。
――そのうえ、この国は少子化が進んで、超高齢化社会へと突入しています。
相場 厚生労働省の推計によると、65歳以上の高齢者の数は、2040年度に3900万人と、ピークを迎え、約280万人の介護職員が必要となるそうです。約70万人の人材が不足するのです。介護職員の平均給与は、月給で約29万円と、全体の水準から6万円程度低いとされています。
――一方で、親の介護をするために、仕事を辞めて、故郷へ戻る人も多いと聞きます。
相場 まさにその通りで、介護、デイサービスというのは、子供を保育園に預けるのと同じだと思うんです。介護が必要な親を、施設に預けられないと、仕事にも行けません。コロナ禍で、飲食業界の惨状だけが報じられてきましたが、介護業界もそうとう厳しいと実感しています。この国の最低限の暮らしを支える「社会保障の底」が抜けてしまった、と。
都心にある「限界集落」とは
――新刊『マンモスの抜け殻』では、「都心の限界集落」というキャッチフレーズも、衝撃でした。本来は、極端な高齢化と人口減少が進んだ山間地の集落を指す言葉です。
相場 住まいの近くに古くからのマンモス団地がありまして、かつては夕方ともなると、子供たちの声が響き渡っていたんです。ところが今は、広場も静かで、団地の周辺道路には、介護施設の車が入れ替わり、立ち替わり停まっています。独居老人も多いため、孤独死の多発地帯でもあります。都心にある、かつてのマンモス団地が、そのころの活気を失って、抜け殻のようになっている。
都会で起きている現象は、数年遅れで地方にも波及する。つまりは、このマンモス団地の抜け殻は、ニッポンの縮図なんです。
――今作は、孤独死が多発する地域で、介護施設を経営する老人が遺体となって見つかり、主人公の刑事が、事件を担当することになります。
相場 主人公の男性刑事の母親に、痴呆症の気配があり、「親の介護問題」に直面します。その悩みを振り払うかのように、彼は捜査に没頭していく。まるで私を投影しているような人物です。
ひりひりする現実を見つめてほしい
――苦しい現実から逃げるために、仕事をする、ということはありますよね。小説のあるシーンが印象的でした。刑事と妻が、自宅のリビングで親の介護問題について話し合っている。そこに殺人事件の一報が入り、刑事は、すぐに現場へ向かおうとする。すると妻は、「事件が起こって、あなたとっても嬉しそうよ」と。
相場 身内の介護問題からは、やはり目を背けたいものなんですよ。ところが、この刑事は捜査を進めながら、介護業界の厳しい実態を知っていきます。読者のみなさんも、目をそむけたくなるかもしれないですが、ひりひりする現実を、しっかりと見つめてほしいと思います。
今のままのように、厳しい労働環境で従業員を働かせて、そういった環境でサービスを受けるという負の循環は、かならずどこかで破綻します。夜間にお年寄りに、施設のスタッフが暴力をふるったというニュースを読むと、もう崖っぷちだと感じています。
若者の心を監禁する介護業界
――小説内では、介護業界で働く人が、「介護業界は、善意に溢れ、やる気に満ちた若者の心を監禁するんです」という言葉を発します。驚きました。
相場 介護問題に詳しい中村淳彦さんからうかがったフレーズです。介護職を志すのは、人のために働きたい、という真面目な人たちです。そこに付け込んで、善意あふれる、ふわふわした言葉で彼らを包みこんで、ある種、洗脳しているという状況もある、と。
政府も、「民間の力を有効に活用する」というキラキラとしたフレーズ、美辞麗句を並べたて、業界への参入障壁を低くして、実態は「民間に丸投げ」です。
お年寄りの命を預かる、人生の幕引きに伴走する、尊敬されるべき仕事です。今の現実は間違っています。もちろん公的援助に頼っていても、業界に未来はありません。
そこで、ある女性投資家を登場させました。有能な経営者の視点から言えば、老人が増え続けることが確実である以上、市場としては将来性がある、といえるのではないか、と。
この投資家は、介護業界への投資を決断します。周囲からは「無謀だ」と指摘されますが、彼女には「あるプラン」があるんです。小説の中の絵空事と言われるかもしれないですが、あり得ない話ではないと私は思っています。この業界にはまだ可能性がある、と。
映画「ミスティック・リバー」を彷彿とさせる切ない展開
――この小説のもう一つの読みどころは、幼馴染3人が、40年の時を経て再会するというストーリーです。一人は刑事になる。もう一人は投資家になり、介護業界に希望の光を灯そうとする。三人目は心優しい男で、介護施設職員になって、その優しさを搾取されている。冒頭で起きる殺人事件の容疑者になった幼馴染を救うために、刑事が奔走するという物語です。
相場 『ミスティック・リバー』という好きな映画があるんですが、これを小説で書いてみたかったんです。ある心の傷を負った幼馴染3人が、まったく別の人生を歩んで、あることをきっかけに、「昔の出来事」に引き戻される。介護業界の闇の先にある希望を描きたいと思っていますが、私はジャーナリストではありません。そのことを、物語に託して描いたつもりです。
子どもにとって、精肉店の揚げたてのメンチカツって、ご馳走なんです。ラードで揚げて、香ばしい匂いがして、ソースをかけて、熱々を一緒に食べた友だちは特別な存在です。たとえ、お互いに心に傷を背負っていても……。40年もたつと、お互いの境遇があまりにも変わっていて、再会することなんてないはずですが、「もし再び巡りあったら」という、ちょっと切ない展開も楽しんでもらえると嬉しいですね。
(取材・構成:第二文藝編集部)
■相場英雄 あいば・ひでお
1967年新潟県生まれ。89年に時事通信社に入社。2005年に『デフォルト 債務不履行』で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞し、デビュー。12年BSE問題を題材にした『震える牛』が話題となり、ベストセラーに。13年『血の轍』で第26回山本周五郎賞候補、第16回大藪春彦賞候補。16年『ガラパゴス』で第29回山本周五郎賞候補。17年『不発弾』で第30回山本周五郎賞候補となる。他の著作に『覇王の轍』『心眼』『サドンデス』などがある。『トップリーグ』『震える牛』『ガラパゴス』など映像化された作品も多い。
-
『リーダーの言葉力』文藝春秋・編
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/12/17~2024/12/24 賞品 『リーダーの言葉力』文藝春秋・編 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。
提携メディア