いよいよ発売となった池井戸潤さんの最新作『俺たちの箱根駅伝』。『週刊文春』連載時から話題沸騰の重厚な作品を、池井戸さん史上初となる単行本上下巻組で展開します。
発売を記念して、池井戸さんに創作秘話をたっぷり伺うインタビューを敢行! 物語の種はどこから? なぜ箱根をテーマに? などなど、池井戸ファンはもちろん、「池井戸作品はじめの一歩」を踏み出すあなたにも、必読の全3回です。
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きっかけは、あの有名旅館から
――2021年11月より連載がスタートした『俺たちの箱根駅伝』が、このたび上下巻で単行本になりました。現在の率直な思いは?
池井戸 走りきりました(笑)。昨年のゴールデンウィーク明けに連載が終わって、それから単行本化のための作業を始めたんですが、どうやら気力体力を使い果たしてしまったようで……。長編を1本上げると、大体いつもしばらく体調を崩していたんですが、今回は、その比じゃなかった。ものすごいダメージで、いまだ本調子じゃない(笑)。
――東京・箱根間を1往復、全力疾走だったと。そもそも、小説にする前から箱根駅伝はよくご覧になっていたんでしょうか。
池井戸 普通にテレビで見ている程度でしたが、関心を持ったきっかけは、箱根駅伝に関する本を作った編集者から、箱根駅伝にまつわるいろんな話を聞かされたことでした。最初は興味半分で聞いていたんですが、その中に、数ある中継ポイントの中で1箇所だけ「小涌園前」という旅館の実名が出てくるのはなぜなのか、そのことに関するエピソードがあったんです。
日本テレビが第1回のテレビ中継を行ったのは1987年ですが、その際、箱根に詰めるスタッフ300名分の宿の予約をし忘れていて、あわや野宿になりかけた。そのとき、素泊まりでいいならと大広間を開放してくれたのが、箱根ホテル小涌園だったそうです。それに恩を感じて、あそこのポイントにだけ企業名を入れているという話に、たいへん興味を惹かれました。10年ほど前のことだったと思います。
駅伝中継に夢とプライドを賭けた仕事人たち
――そこから、小説にするアイデアが芽生えたと。
池井戸 その後、中継番組を企画した伝説の初代プロデューサー、坂田信久さんをはじめ関係する方々につながることができて、直接お話を伺いました。
箱根駅伝を生中継するって、実際、ものすごく難しいことだったんですよ。何しろ正月の2日間、東京・大手町から箱根に至る、あれだけの距離の道路と時間を生で追いかけるわけですから。しかも、箱根の山々が障壁になってしまい電波が届かないため、当時の技術では生中継は不可能だと言われていたんです。
坂田さんが最初に企画したとき、当然、局からGOサインは出ませんでした。しかし、坂田さんは諦めず、箱根駅伝中継を実現するために、まずは元旦の全国高校サッカーの中継を企画して成功させる。そうやって社内での信頼を得ていくわけです。何回ものトライを経て、ようやく制作許可を取り付けた。
――ものすごい執念ですね。
池井戸 なんとか中継車からの電波を拾うために、箱根の山の上にアンテナを運んで立てたりするんですね。ウルトラCですよ。スケールが違う。テレビマンとはいえ、いちサラリーマンです。何度も突き返されながらもこれだけの企画を通し、成功させるのは並大抵ではない。自分の仕事に誇りとロマンがあって、覚悟や矜持もあった。小さくまとまりがちな人が多い昨今、これだけ度量のあるサラリーマンがどれだけいるでしょうか? この偉業は、もっと多くの人に知られていいんじゃないかと思いました。それによってきっと勇気がもらえる人が大勢いるはずだし、今の働き方、生き方を見直すきっかけにもなるでしょう。
こうして、箱根駅伝の中継に奮闘するテレビクルーたちの物語を考え始めました。実際に書き始めるまでには、ずいぶん時間がかかりましたが……。
記録でなく、記憶に残るチームの物語を
――時間がかかったのは、なぜですか?
池井戸 箱根駅伝というからには、やはり主役のランナーたちの物語を書く必要がありますよね。でも、箱根駅伝に出場する実在のチームを舞台にして描いていいのか、そこが問題でした。現に箱根を目指して頑張っている選手たちが各大学に大勢いるんです。実在のチームを舞台にしてしまったとき、果たして彼らがどう思うか。大学名だけ借りて勝手な物語を創作していいとは思えません。
やっぱり、実在のチームを舞台に物語を書くのは難しい。かといって、架空の大学名を並べても、読む側は感情移入しづらいでしょう。この狭間に落ちたまま構想が行き詰まり、6、7年も解決できなかったんですね。
毎年、箱根駅伝中継を見るたび、私の取材に全面的に協力していただいた日本テレビの皆さんの顔が浮かんできて夢でうなされそうでした。
――どうやって、その状況を抜け出したのでしょうか。
池井戸 3年ほど前です。ふと「そうか、これなら書けるな」という新しい切り口を見つけたんですよ。何でいままで思いつかなかったのか、思いついたときはまさに目からウロコでした。それさえ見つけてしまえば、小説は書けると思いました。小説にとって大切な骨格というか、枠組みができあがったわけです。あとは書くという作業のみです。
(取材・構成/大谷道子)
(#2に続く)
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