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作家の羽休み――「第98回:タピオカの教訓③」

作家の羽休み――「第98回:タピオカの教訓③」

阿部 智里


ジャンル : #エンタメ・ミステリ

☆前回までのあらすじ

 自分ルールを破ってコンビニのタピオカミルクティーを2つ買ってやったぜ~!

 

 突然ですが、私はレジが苦手です。

 セルフレジに慣れないという意味ではなく、有人レジでもセルフレジでも、後ろの人が気になって「あっあっ」とつい焦ってしまうのです。

 このド辺境コラムにまで目を通して下さる奇特な皆様ならとっくにご存じでしょうが、私は自分でもドン引きするくらい手先が不器用です。おまけに足し算引き算レベルの算数のスキルに重大な欠陥を抱えています。しかもお金を払う時は毎度パニックになるくせに、意味なく新しい決済方法に手を出すのを恐れて未だに現金主義です。

 この時も、有人レジでつまみとなるミミガーとタン塩レモン、そしてタピオカミルクティーを2つ購入している間に、後ろに他のお客さんが並んでしまいました。

 私はこの時、エコバッグとして買い出し用のリュックを背負っており、おつりとレシートを右手で受け取り、左手に財布がある、という状態でした。

 今思えばしっかりおつりを財布に入れた上で落ち着いて購入したものをリュックに入れれば良かったのですが、その瞬間は「とにかく一刻も早くレジを次の人に譲らなければ!」と焦っていました。

 一瞬の葛藤の後、財布とおつりを握ったまま、残った指でミミガーとタン塩のパッケージの上に2つのタピオカミルクティーを載せ、えっちらおっちら店を出たのです。

 想像してみるまでもなく、不安定極まりないですね。

 その結果、どうなったか。

おそらく皆様の予想とご期待を裏切らず、私はタピオカミルクティーを地面に落としてしまったのです。

 ここで、まあ少ないとは思いますが、タピオカミルクティーをコンビニで購入したことのない方に向けて簡単にご説明しますと、こうしたタピ飲料はプラスチックの容器に入れられた上で、ビニールのフィルムによってしっかり密閉されています。おしゃんなカフェのテイクアウトのような頼りない蓋ではなく、きちんとパッケージされているわけです。

 よって、ずるーっとタン塩の上を滑り落ちていくタピ容器をスローモーションのように見送りながら、私はこう思っていました。

 しまった、横着しなけりゃ良かったな。でもすぐ拾えば問題ないか、と。

 しかし――石の床に落ちたタピは、「パアン!!!」という盛大な破裂音と共に、爆散したのでした。

 しばし、何が起こったのか分からず、私は唖然としました。

 日中、人の往来が多いコンビニの前で、タピを外界から隔絶していたビニールは「こんな破裂の仕方するの!?」と驚愕する勢いで弾け飛び、コロコロした蛙の卵みたいな黒い玉と甘ったるい紅茶が、そこらじゅうにぶちまけられたのです。

 まあ、打ちどころが悪かったという他ないのでしょうね……。

悲しき破裂……。 画:阿部智里さん

 一部がこぼれたという感じでは全くなく、中身はほぼほぼ全て吐き出され、容器の中身は何も残っていないという有様です。

 このご時世、コンビニのタピはスイーツの一種であり、ドリンクにしてはそれなりにお高いものです。楽しみだったスイーツを失った悲しみ、欲張った己の愚かさへの自嘲、ちゃんと落ち着いて荷物をパッキングしなかったことへの後悔などが激しく心中で渦を巻いていましたが、そんな私を助けてくれる人は誰もおらず、空は青く、風はさわやかで、愚かな作家はあくまでひとりでした。

 まさか、これをこのまま放置するわけにもいきません。

 半泣きになりながら覚悟を決め、手持ちのポケットティッシュとウェットティッシュで紅茶を吸い、素手でタピを拾い集めて容器に入れましたが、流石に約250gの紅茶を全て吸い上げるにはポケットティッシュでは足りませんでした。

 仕方なく私は一旦自宅に戻り、ボックスティッシュとウェットティッシュと苔に水をやる用の霧吹きとゴミを入れるためのビニール袋を携えて現場に戻りました。なんとか出来る限りの清掃をして、今度こその帰宅とあいなった頃には、結構な時間が経っておりました。

 

 前回のコラムを思い出して頂きたいのですが、これは、締め切りに追われる最中での出来事です。

 原稿に当てるはずだった貴重な時間を無駄にし、愛するタピをゴミに変え、やる必要のなかった清掃活動をする羽目になり……しかも今思えばレジで数円のビニール袋を惜しまずにいればこんなに慌てる必要もなかったかもしれないわけで……。後で自宅からわざわざ袋を持って来たことを考えると、本当に資源を無駄にしただけで、何から何まで駄目駄目な出来事でありました……。

 しかし、むりやりポジティブな要素を見つけるならば、人間は失敗から学ぶことの出来る生き物です。

 地にぶちまけられたタピは盆に返らずですが、その分の教訓は得ました。

①必要以上の欲をかいてはいけない。
②レジでは落ち着いたほうが結果的にスムーズにいく。
③どこに行くにもティッシュとウェットティッシュとゴミ袋は持ち歩いたほうがいい。
 

 以降、私のリュックやバッグには、ハンカチとティッシュとウェットティッシュに加え、新たにタピをぶちまけた時用のビニール袋が加わることになりました。

 今も、タピを買う際には自分ルールで、必ず棚には1つ残すようにしております。


©阿部智里

阿部智里(あべ・ちさと) 1991年群馬県生まれ。2012年早稲田大学文化構想学部在学中、史上最年少の20歳で松本清張賞を受賞。17年早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。デビュー作から続く著書「八咫烏シリーズ」は累計130万部を越える大ベストセラーに。松崎夏未氏が『烏に単は似合わない』をWEB&アプリ「コミックDAYS」(講談社)ほかで漫画連載。19年『発現』(NHK出版)刊行。「八咫烏シリーズ」最新刊『追憶の烏』発売中。

【公式Twitter】 https://twitter.com/yatagarasu_abc

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