- 2024.06.20
- 読書オンライン
直木賞候補作も!「ウーバーイーツ配達員のくせに!」「まだ人生に本気になってるんですか?」「いつまでも弱くて可愛いままでいてね」令和の若者=「Z世代」を体感する傑作小説6選(前編)
「本の話」編集部
「本の話」ブックガイド
出典 : #文春オンライン
ジャンル :
#小説
,#エンタメ・ミステリ
〈『元女子高生、パパになる』『ぼくは青くて透明で』――合言葉はHAPPY PRIDE! ジェンダーや性の多様性を考えるためのブックガイド PART1〉から続く
SNSでの誹謗中傷、親ガチャ、ウーバーイーツ、TikTok、インフルエンサー、起業ブーム……令和という時代を象徴するようなキーワードやトレンドは、時々刻々と更新されていきます。そして、そういったトレンドの奔流に身を置く人々の多くは「Z世代」と呼ばれる、いまを生きる若者たちです。
このところ、彼ら令和を生きる若者たちの姿を丁寧に描いた小説が数多く刊行されています。そこで今回は、そんな「Z世代」を体感する小説作品6作を「本の話」編集部が厳選。まずは前編の3冊をご紹介します。
◆◆◆
1『令和元年の人生ゲーム』 麻布競馬場 著
直木賞候補作となった「Z世代」の取扱説明書
なんとも人を食ったペンネームですが、麻布競馬場さんは令和に入ってからX(旧Twitter)で小説を発表するようになり、熱狂的なフォロワーを獲得。デビュー作『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』(集英社)が「タワマン文学」として広く支持されました。覆面作家であることも含めて、まさに令和という時代を体現するクリエイターの1人といっていいでしょう。その麻布競馬場さんの最新作が『令和元年の人生ゲーム』。評論家の佐藤優さんが「なにを考えているかよくわからないZ世代の内在的論理を見事に対象化した作品」と絶賛する、まさにこの時代を生きる若者たちを活写した長編小説。本年7月17日に選考会が開かれる第171回直木賞の候補作となった話題の書です。
物語は、エリート大学に通っていた若者たちが、令和の世に東京で社会人となって生きていく、それぞれの歩みを描いていきます。
ビジネスプランを競うコンテストを主催する慶應義塾大学のビジコンサークルで、ソーシャルグッドなビジネスを志向していた学生たちは、大手町のキラキラメガベンチャーで競い合う新入社員となり、「正義」の実現に燃える人たちが集う池尻大橋のシェアハウスに住んでみたり、高円寺の老舗銭湯をコミュニティ化する会にのめり込んでみたり……そこで描かれるのは、都市部で社会人となった「意識高い系」に属していそうな彼らの「なにものかになりたい」という欲望、焦り、葛藤、そして残酷なまでの現実です。
「ベンチャー企業って、構造としては完全にヤンキーごっこ」
「港区を知り尽くした男」、麻布競馬場が見つめてきたここ20年ほどのスタートアップやベンチャー界隈の知見が随所にちりばめられ、とことんリアルで解像度の高い描写や分析が物語に堅牢な骨格を与えています。その知見の一端は、たとえばこんなふうに、登場人物の述懐という形で示されます。
“「意識高い系キラキラメガベンチャー」とはつまり、同じような育ち、同じような学歴、そして「たくさん働いてたくさん稼いで圧倒的に成長したい」という同じような価値観を共有する、同質性の高い人たちの集合体に過ぎないのかもしれない。構造としては、完全にヤンキーごっこだ。”
さまざまな若者が登場する中で印象的なのが、物語を通して、そういった「同質性」の高い人々とは一線を画す存在でありつづける沼田くん。彼は賢すぎて自分の可能性を知りすぎてしまったのか、「まだ人生に本気になってるんですか?」と、諦念(あるいは周囲への軽蔑)に満ちた言動に終始します。それでいて、与えられたタスクを見事にやってのけたりする。まさに「何を考えているのかわからない」沼田くんのような心のありように触れることで、見えてくるものは一体何なのか。
沼田くんも含めて、本作に登場する「Z世代」の心のありようは、あるいはどの時代の若者が感じていたことと、本質的には変わりがないのかもしれません。それでも間違いなく本作には、令和という時代の空気が濃厚に刻まれています。
2『チワワ・シンドローム』 大前粟生 著
チワワは「生きづらい」と感じる人たちの「弱さ」の象徴
「とかくに人の世は住みにくい」と記したのは夏目漱石ですが、それから120年近く経った令和の世にあっても、住みにくい、生きづらい、と感じる人は多いようです。さらにSNSの普及によって人々の「生きづらさ」は可視化され、広く拡散されるようになっています。リアルの人間関係のみならず、ネットを介した匿名の、むき出しの感情のぶつかりあいが避けられない今、人の心は常に、傷つくリスクにさらされています。
大前粟生さんの『チワワ・シンドローム』は、「生きづらい」と感じる若者たちの「弱さ」をテーマにした、オリジナリティあふれる長編小説です。
自己評価があまり高くない主人公の琴美は、80万人いるフォロワーの心情に全面的に寄り添う「全肯定インフルエンサー」で親友でもあるミアから「いつまでも、弱くて可愛いままでいてね」と言われ、居心地の良さを感じています。そんな日常が、思いを寄せる男性の失踪と、失踪直前に起きた「チワワテロ」(知らないうちにチワワのピンバッジが服などに付けられてしまう事件。失踪した男性を含む800人に付けられていた)によって大きく動いていきます。
前代未聞のチワワテロの真相は? 「ずしんと心に残る傑作」
琴美はミアとともに男性の行方を追いかけながら、チワワテロの謎へと迫っていきます。チワワフェス監禁事件、“傷の会”を名乗る集団の策謀など事態がめまぐるしく動いていく中で、現実社会へと侵食していく「チワワテロ」の影響。首謀者は誰なのか、そしていったい、何の目的でこんなことを行ったのかーー。
芥川賞作家の高瀬隼子さんが「待って、こわいこわいこわい。現代の弱肉強食を眼前に突き付けられた気分」と評し、『明け方の若者たち』で知られる作家のカツセマサヒコさんも「みんなの心の中、そんなに照らさないでください。ずしんと心に残る傑作です」と絶賛した作品です。
物語を通じて、琴美の心は徐々に変容していきます。それはミアとの関係も変わっていく、ということ。これまでに味わったことのない読後感が押し寄せる、驚愕のラストに注目です。
3『K+ICO』上田岳弘 著
ウーバーイーツのデリバリーバッグ=“負け組ランドセル”という、世界の残酷
今年デビュー10周年となる芥川賞作家の上田岳弘さんの最新作『K+ICO』の主要な登場人物は、2人の大学生。
ウーバーイーツの配達員であるKと、人気TikTokerのICOです。
上田さんは最近知って衝撃を受けたネットスラングとして“負け組ランドセル”を挙げ、執筆の動機をインタビューでこう話しています。
「(“負け組ランドセル”という言葉は)ウーバーイーツの配達員たちが背中に黒い巨大なバッグを背負っている姿が、低学年の小学生が体に似合わないほど大きなランドセルを背負っている姿に似ているところから来たようです。
その言葉には、正規雇用に就けずギグワークをしている人たちへの明らかな揶揄が含まれています。
はじめて聞いた時、とてもいやな感じがしたのと同時に、この世界の残酷さをはからずも言い当てているような気がしました。僕が新作『K+ICO』を書いた理由は、その感覚と共通しているのかもしれません」(文春オンライン・上田岳弘さんインタビューより)
上田さんはまず、Kの内面を精緻に描きます。Kは毎日カフカの『城』をオーディオブックで聴きながら、シティバイクを駆り、注文の品を依頼主に届けます。
“Kは孤独である。
と同時に孤独ではない。
なぜならーー”
なぜならKには、『城』を繰り返し聴くうちに彼の頭の中に出来上がった「城」と、そこに住まう「姫」がいるから。
そしてその「姫」を「城」から救い出す、という「使命」のために、日々シティバイクで身体を鍛え、金を稼いでいるのです。
なかなか理解するのが難しい「使命」ではありますが、少なくともKの精神性に、“負け組ランドセル”という揶揄や蔑みの入り込む余地はありません。その一つ一つの行動を支える「信念』には、ある種の気高さすら感じられます。
「ウーバーイーツ配達員のくせに!」
一方のICOは、顔は出さないが「男性にも女性にも受ける外見を持っている」TikTokerとして、部屋に籠もって学費や生活費を十分に稼いでいる女子大学生。身バレを恐れ、そろそろ足を洗いたいと思っていて、お金はあるのでウーバーイーツをよく頼んでいます。そして、とあるきっかけで、フライドチキンセットを届けに来た1人の配達員の「視線」が忘れられなくなるのです。
“ウーバーイーツ配達員のくせに、
ウーバーイーツ配達員のくせに、
ウーバーイーツ配達員のくせに!”
KとICO、交わらないはずの2人の人生が交錯し、物語はあらぬ方向へと転がりだしていきます。
窪美澄さん「うんざりするような世界でも、私は誰かと繋がっていたい。そんな欲望を肯定してくれたこの小説は、限りなくせつなく、そしてやさしい」
金原ひとみさん「上田岳弘は、こんなにも抽象の世界から、具体の力を行使する」
ラランド ニシダ さん「まだ見ぬ誰かとの数奇な巡り合わせはインターネットに操られる。ITは我々を孤独にさせてくれない」
名だたる作家や読み巧者が帯に寄せた推薦文が、この小説の強靭さを示しています。
3つの作品世界がつながっているような読後感
今回紹介した3作品を読み終えた後に、作者も文体もまったく異なるけれど、すべての作品世界がつながっているような、不思議な読後感を抱く方もいるでしょう。
『令和元年の人生ゲーム』の沼田くんがタラタラと皇居ランをしているその脇を、Kのシティバイクが駆け抜けていく。自分の部屋で、ベッドに寝転がりながらスマートフォンでICOのTikTokのショート動画を漫然と眺めていた琴美が、ふいにミアのYouTube生配信に画面を切り替えるーー。
少しでも気になった一冊があれば、まずは手にとっていただき、そこから2冊目、3冊目と進んでいけば、きっとあなたの心の中に、豊かな「令和」の物語世界が広がっていくはずです。
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