- 2024.08.06
- コラム・エッセイ
「食堂のおばちゃん」(ハルキ文庫)、「婚活食堂」(PHP 文芸文庫)との相互乗り入れもお楽しみください!
山口 恵以子
『枝豆とたずね人 ゆうれい居酒屋5』(山口 恵以子)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
皆さま、『枝豆とたずね人 ゆうれい居酒屋5』を読んでくださってありがとうございました。このシリーズもいよいよ節目の第五巻を迎えることが出来ました。上手く行かないシリーズ物は四巻目で失速すると言われていますので、取り敢えず最初の山を越えることが出来て、ホッとしております。
嬉しいことに『ゆうれい居酒屋』は今年、韓国で翻訳出版されました。『孤独のグルメ』『深夜食堂』がヒットしているので、日本の居酒屋小説もイケるのではないか……と思われたようです。柳の下にそう何匹もドジョウはいないでしょうが、韓国でもお酒片手に『ゆうれい居酒屋』を読んでくれる方がいることを、祈るばかりです。
本書を読んでお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、実は第一話には『食堂のおばちゃん』のはじめ食堂の往年の姿が、そして第五話では同シリーズのレギュラーメンバー・料理研究家菊川瑠美の話題が登場します。実は『ゆうれい居酒屋』シリーズの第一作と第二作にも、『婚活食堂』の登場人物である大物占い師・尾局與がちょっと出てくるのです。
数年前に「シリーズのメンバーが、別のシリーズに顔を出す掌編を書いてください」という企画があって、やってみたところとても楽しく、読者の方にも好評でした。
それがきっかけで各シリーズの担当編集者が、お互いライバル関係ではなく、協力しながら三シリーズを売り伸ばしてゆきましょうという話になり、「食と酒」の三シリーズの累計発行部数はめでたく百万部を突破しました。柔軟な発想で努力してくださった編集者と出版社には、感謝しかありません。
七月発売予定の『食堂のおばちゃん 16』では、第一話に『婚活食堂』の主要メンバーが顔を出し、第四話には『ゆうれい居酒屋』の舞台・新小岩と東京聖栄大学の話題が登場します。作者の独りよがりのお遊びという側面はありますが、三シリーズすべてを読んでくださる方も多いので、こういうシリーズをまたいだコラボレーションは、これからもやっていきたいと思っています。
今回、編集者に「米屋にしれっと何回も来られる人がいるのも面白く、変幻自在になってきましたね」「米屋での経験を大切に思う人にとっては、いつでもあの路地裏に存在する店なんだという、その仕組みというか核心のようなものが、回を重ねるごとに分かってきました」と、過分なおほめの言葉をいただきました。
私自身はそんなに複雑なことを考えて書き始めたわけではなく、ただ「女将さんはゆうれいだったのです」という一点だけを核に、見切り発車で書き始めた作品なのですが、書いているうちに「そうだ、米屋にいる人は女将さんもご常連も、みんな死んでるんだ」と気が付きました。
つまり米屋は異世界なのです。『異世界居酒屋「のぶ」』ならぬ、『異世界居酒屋「米屋」』。それに気が付いてからは、書くのがとても楽になりました。普通の小説で守らなくてはならないリアリティを、時には踏み越えても大丈夫。異世界だから何でもありだ、と開き直れるのは、とてもありがたい設定です。
そう思うのは、私が実生活ではどうにもならないしがらみを抱えて生活しているからでしょう。同居している要介護五で身体障碍者一級の兄、人間なら前期高齢者になった三匹のDV猫、老朽化しつつある我が家、そして老朽化しつつある私自身。
皆さんもきっと、数々のしがらみの中で、精一杯毎日を送っていらっしゃるはずです。
そんな日々の中で、リアルな異世界でしがらみをぶっ壊していく『ゆうれい居酒屋』シリーズが、一服の清涼剤になることが出来たなら、作者冥利に尽きます。
どうぞ、変わりゆく新小岩の街を舞台に、いつの世も変わらぬ人情を描いてゆく『ゆうれい居酒屋』シリーズを、これからもよろしくご愛読ください。
「あとがき」より