時代小説の主人公をひとり挙げよといわれたら、あなたは誰を挙げるだろうか。
宮本武蔵、眠狂四郎、それとも銭形平次?
数が多くて選択に迷うところだが、そこでヒロインの名前を選ぶ人は少ないと思う。
そう、時代小説の主人公といえば、男。剣豪も浪人者も捕物帳の親分も、皆男であり、女主人公の数はまだまだ少ない。歴史小説では、杉本苑子や永井路子、宮尾登美子等の活躍によってヒロインものがひらかれてきたが、時代小説のほうでヒロインものが注目を集めるようになったのはまだ近年のことといっていいだろう。
たしかに、エンタテインメントとしての時代小説の多くは捕物や剣戟等、活劇演出を読みどころとするが、ヒロインものは人情ドラマ系等に絞られがち。活劇系にも人情系にも対応するには、キャラクター造形にひと工夫する必要がある。しかし一九九〇年代に入って、宮部みゆきや宇江佐真理、諸田玲子等の活躍によって、時代小説にも面白いヒロインものが増えてきた。
山口恵以子の門付け芸人「おれん」のシリーズもそのひとつである。
山口といえば、二〇一三年、長篇『月下上海』で第二〇回松本清張賞を受賞、“食堂のおばちゃん”として働く傍ら執筆に励んできた経歴が広く話題を呼んだことは記憶に新しいが、作家デビューはその六年前、二〇〇七年に廣済堂文庫から刊行された時代小説『邪剣始末』であった。同作はその後文春文庫に収められたが、本書『小町殺し』は『邪剣始末』に続くおれんのシリーズ第二弾である。
内容に触れる前に、まず前作のおさらい。
本所で貸本屋を営む辰巳屋の文三は辻斬り浪人に襲われたところを三味線を抱えた鉄火肌の年増女に助けられる。巴旦杏(ア ーモンド)の形をした目を持つその美女は何故か浪人の持つ刀が目当てのようだった。浪人は女相手に甘く見るが、女は三味線の棹に仕込んだ刀を自在にふるって浪人を退治してしまう。女はおれんといい、新内流しの門付け芸人だったが、何か事情があるらしい。文三は助けて貰った礼に、刀探しを助けるとともに店の二階の部屋を使っていいと申し出る。
実はおれんは親の亡き後、安房に住む伝説の刀匠・呉羽暁斎に育てられたのだが、一五年前、暁斎はある事情から呪いを込めた妖刀を四振打ってしまった。彼は今わの際に、自分に代わってその邪剣を始末するようおれんにいい遺したのである。
文三は貸本屋の主とはいっても、実務のほとんどを遠縁の一二歳の少年太一にまかせ、自分はもっぱら情報の売買にいそしんでいた。「市中の噂話から三面記事めいた事件、果ては大名旗本のお家の裏事情まで、丹念に情報を集めては帳面に記し、ネタ一つにつき百文で売っ」ていたのだ。おれんが新内流しをしているのも邪剣始末の情報収集のため、文三にとってもおれんは新たな情報源として都合がよかったのである。
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