「ヤァヤァ、どうも、どうもでした」
そう言って喫茶店の戸が開けば、あとはあっという間だ。「チョット、チョット、久しぶり!」「ヤー、生きてたかい?」。閉まったと思った戸はまた開いては閉じてを繰り返し、約束の一時間前には全員が顔を揃える。下は七十八歳から上は九十二歳までの六人はみな、本を手にしている。
彼らは思い思いに朗読し、感想を語りあう。仲間の声に耳を傾け(傾けないことも多々)、自由で和やかな(時に剣呑な)時間が流れてゆく――。
朝倉さんの新刊に描かれるのは、老人たちの素敵な読書会だ。
「きっかけは、八十歳を過ぎた母の参加する読書会でした。昔から、近所の主婦仲間と編み物や刺繍などをする『ちいさな集まり』を楽しんでいた母が、歳を重ねてもずっと続けているのが読書会。かれこれ二十年以上になるでしょうか。見学させてもらう機会があって、これはもう小説に書きたいなと」
そこで目にしたある光景が、朝倉さんの記憶に焼き付いた。
「会が始まる直前、一瞬場が静まり、『楽しくて、でもちょっと緊張するような何か』の始まる気配が満ちるんです。子供の頃に戻ったかのような、お勉強のようなお楽しみ会のような学芸会のような、何かすごく楽しいことへの期待。その空気を作品に込めたいと思いました」
作中の読書会の面々は個性的だ。ふくよかで彫りが深く、眉が濃い女性は、イタリアのマンマを思い起こすから「マンマ」。みごとな白髪をお団子にし、丸襟ワンピースで現れた小柄な女性は「シルバニア」。「会長」に「蝶ネクタイ」に……。
「みんな個性は強いけれど、特別な人は書いていません。だから、ある意味で本当によくある話になったと思います。たとえば物忘れがひどくなったうちの母なんて、『忘れたから教えて』と言いたくないあまり、『私の趣味って何だと思う?』とクイズにして聞いてくるんですよ(笑)。そんな“あるある”も詰め込みました」
読書会はマンマが「這ってでも行きたい」と言うほどに六人の「生きる甲斐」になっているが、平均年齢八十五歳の会となれば変化も避けられない。結成二十周年を記念した公開読書会を前に、大きな転換点が訪れ――。
「読書会に参加している母は、『母親』でも『妻』でもなくて、“もともとの母”に見えました。それまで、家族にも親戚にも見せなかった顔つき。たいそうフレッシュな老人でした」
読後はきっと、「ちいさな集まり」の煌めきが羨ましくてたまらなくなる。
あさくらかすみ 一九六〇年生まれ。二〇〇三年「コマドリさんのこと」で北海道新聞文学賞、〇四年「肝、焼ける」で小説現代新人賞受賞。『田村はまだか』『平場の月』など著書多数。
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