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「大事なことはすべて江神と火村に教わった」気鋭のミステリ作家3人が有栖川有栖を語る

「大事なことはすべて江神と火村に教わった」気鋭のミステリ作家3人が有栖川有栖を語る

青崎 有吾,今村 昌弘,織守 きょうや

出典 : #文春オンライン
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『月光ゲーム』でのデビュー以来、常に日本の本格ミステリを第一線で牽引してきた有栖川有栖さん。作家業35周年を記念して刊行されたトリビュート・アンソロジー『有栖川有栖に捧げる七つの謎』に参加した、気鋭のミステリ作家3名に有栖川作品の尽きせぬ魅力について語っていただきました。

有栖川作品との出会い

 青崎 今日は有栖川先生のトリビュートに参加した三人が集まって、作品世界の魅力を語ろうという企画です。あいうえお順で口火を切りますと(笑)、僕のファースト有栖川体験は、中学生の頃に読んだ『大密室』というアンソロジー。恩田陸さんや貫井徳郎さんなどが参加している作品集の1作目に、火村シリーズ(作家アリス)の「壺中庵殺人事件」(『絶叫城殺人事件』収録)が入っていたんです。

 この「壺中庵」がまさにザ・密室トリックという感じで、面白くて。当時、ファンタジーとか筒井康隆さんのSFを中心に読んでいた僕は、たちまち有栖川作品を追いかけるようになりました。

青崎有吾さん(撮影・鈴木慶子)、織守きょうやさん、今村昌弘さん

 織守 私も最初は作家アリスです。高校生の頃、ロンドンのイーリングコモンというところに住んでたんですが、家のすぐ近所に日本の書籍を扱う書店があって、日本語に飢えていた私は、お小遣いをもらうたび、それを握りしめて通っていたんですね。そこで文庫版の『ダリの繭』を買って読んだのが最初で、作家アリスを遡(さかのぼ)って、『46番目の密室』『マジックミラー』へと進みました。

 今村 僕はおふたりと違って、江神シリーズ(学生アリス)から入って、しかもたぶん作家では一番遅い出会いだと思います。29歳の時に仕事を辞め、小説を書こうと決意してミステリの勉強を始めたんです。大量に本を買って読んでいく中で、たまたま『月光ゲーム』が手に入らなくて、先にシリーズ2作目の『孤島パズル』から読み始めた。

 本格ミステリについて学ぶ上でも『孤島パズル』はすごく美しい構造をもっていて、物語の何分の一で第一の殺人が起こって、第二の殺人、第三の殺人はここで起こって……という仕組みが明快で分析しやすかった。書き方のお手本にさせてもらったのが江神シリーズでした。

推理研にあこがれて

 青崎 エラリー・クイーンより先に有栖川作品を愛読していた僕は、何よりそのパズラーの部分に惹かれました。推理小説の楽しみ方の下地を有栖川先生から学んだ気がします。さらに、火村英生しかり、江神部長しかり、作者と同じ名をもつ語り手の有栖川有栖しかり、シリーズ作品ってお馴染みのキャラクターが登場するだけで一気に面白くなるじゃないですか。そういうキャラクター造型の魅力も有栖川作品に教わりました。今村さんは、江神さんの魅力ってどんなところにあると思います?

 今村 江神シリーズには、僕の欲しいものが全部詰め込まれていたんじゃないかなあ……。キャラクターも推理の面白さももちろんですけど、推理研という仲のいいグループが事件に挑むところが好きなんですよ。今回、僕は江神のトリビュートを書こうと思って、まだ本にまとまっていない短編も読んだのですが、「推理研VSパズル研」(オール讀物2020年7月号/アンソロジー『神様の罠』収録)がすばらしくて。ライバルであるパズル研から出された問題を、推理研みんなで解いていくのが物語の発端なんですけど、途中から話が変わって、パズルの問題設定は設定として受け入れればいいのに、現実的に考えたらどんな状況でこんなことが問題になるんだろうと、自分たちで勝手に問いを設定して答えを探しに行く。こういうことをするから推理研って面白いんだよなと思いながら、この雰囲気を自分の今回の短編にも反映できないかと考えました。

「推理研VSパズル研」が収録されている『神様の罠』

 どうしても僕らは一人の犯人、一つのトリックを作ろう、解こうとしがちなんですけど、推理研を使ったらいろんな謎を作れる。江神ものにはそういう多彩な作品があって、「四分間では短すぎる」(小説新潮2010年9月号/『江神二郎の洞察』収録)では、落ち込んでいるアリスを元気づけるために、推理研の先輩たちが問題をでっちあげて推理ゲームにしたりもします。

 青崎 この推理研の雰囲気にはあこがれますよね。

 織守 あこがれます。今日の三人は全員推理研に入ったことない人?

 青崎 僕、明治のミステリ研究会。

 織守 おお~。

 青崎 入った理由は、英都大の推理研にあこがれたというのが6割ぐらいを占めております。ちょうど大学生の時、『江神二郎の洞察』が一冊にまとまったんですが、まさに今村さんがおっしゃったような、学生ならではの、学生だからこそ追える謎解きの話がたくさんあるんです。「除夜を歩く」なんて、江神さんとアリスのやりとりがすごくよくて。

 織守 青崎さんの学生時代は、英都大の推理研みたいな感じでした?

 青崎 全然まったくそんなことはなかったです(笑)。

自然体でやさしい読み心地

 今村 もう一つ、有栖川作品には文章の魅力もあると思います。本格ミステリって、特に長編で難しい謎を扱おうとすると、読者に最後まで解かれたくないという力の入った作品が多くなる中で、有栖川作品って、無理して真相を隠そうという力みをあんまり感じない。自然体なんです。どんなに複雑な事件を扱っていても読みやすいし、逆に「そうか、ここまで書いても、案外見破れないものなんだな」と勉強にもなる。

 青崎 同感です。不思議ですよね、「読者への挑戦状」を付した作品もかなりあるのに、「解けるものなら解いてみい」みたいなとげとげしい感じがない。文体の柔らかさもあるのかな。ツルッとしてて、おうどんみたいな読み心地。

 織守 のどごしがいい。

 青崎 そう。だからこそ、「次も次も」と読んじゃう。

 織守 本当に読みやすくて、視点の優しさも気持ちいいんですけど、時々ドキッとするようなことが地の文に書いてあるじゃないですか。火村シリーズのアリスってジェンダーに言及することもあって、「自分がもし女性だったら男性なんて信じられない」なんてことをさらっと言ったりする。シニカルな目線が急に入ってきたり、ハッとする一行が書かれているのも、いいなと思うところです。

 今村 けっして優しいだけの物語ではなくて、江神も火村も、実はそれぞれ闇を抱えていますもんね。火村が「人を殺したいと思ったことがある」とか、江神の家族が離散していたりとか、過去に何かがあったらしいけれども、詳しいことは明らかにされていない。

 青崎 そこがまた読者を虜にしてしまう要素ですよね。織守さんがおっしゃったハッとする一文ということで言うと、僕が衝撃を受けたのは、中編「スイス時計の謎」(『スイス時計の謎』収録)。推理自体ものすごく秀逸な論理が展開されるんですけれども、火村が謎解きを終えた後、犯人が火村の推理を認める時に、「論理的です。……悪魔的(ディモーニアック)なまでに」と言うんです。要するに犯人が負けを認めた一言で、これ、すごいセリフだなと。僕もいつか犯人に「悪魔的なまでに論理的です」と言わせられるようなミステリを書きたい。漫画の『カイジ』でキンキンに冷えたビールを飲んで「犯罪的にうまい」と言うのと同じくらいのパワーワード。

「スイス時計の謎」が収録されている『スイス時計の謎』

 織守 わかる! 激しく伝わってくるものがあります(笑)。

トリビュートの依頼

 青崎 おふたりは今回のオファーを受けた時ってどう思いました?

 織守 どんなに難しくてどんなに忙しくても断れない仕事というのがある、と思いました(笑)。もちろんうれしいんですけど、「えっ、できるのか自分?」という不安もあって。自分の好きな作品の二次創作をやる、しかも公式で……。正直、書ける自信はまったくなかったです。でも、もしオファーがなかったとしたら、「そうか、私には声がかからなかったか」と寂しく思ったはずだし。

3人の作品も収録されている『有栖川有栖に捧げる七つの謎』

 今村 火村を書くというのはすぐ決まったんですか?

 織守 最初「火村シリーズはやめよう、好きすぎるから」と思ってたんです。担当さんにも「火村を書く人はいっぱいいるだろうから、私は濱地健三郎かな。ホラー作家として期待されてる気がするし」と言いました。そしたら担当さんが、「一番好きなのは?」と聞くんです。「……ひ、火村シリーズです」と答えると、「織守さん、好きなもの書きましょう。自分に正直になりましょう。それを読者も読みたいはずです」って。

 青崎 いい編集者だ……(笑)。

 織守 今村さんはどうでした?

 今村 僕は普段から本格ミステリを主戦場にしているので、恐れ多いという気持ちはありつつも、やらなきゃいけないと。僕がお断りしても、結局は本格ミステリ畑の他の作家さんにその仕事が行くわけで、ここは受けなきゃいけないと覚悟を決めました。ましてや尊敬している有栖川さんのトリビュートだから、今の自分をぶつけるしかないと。

 織守 落ち着いてる。かっこいいな。

 今村 いやいや……僕もこの企画に自分の名前がなかったら、きっと織守さんにグチグチ言ったと思いますよ、「なんで僕じゃないんでしょう」って。で、東京創元社出身でもある僕には、江神ものを書くことが期待されているだろうと思ったので、そこも迷いはありませんでした。青崎さんはどうでした?

 青崎 僕もおふたりと同じように、これは断ったらもったいないという気持ちがまずあって、即「やります」とお返事したんですけど、その時、直観的に決めたのが、個を出すのはやめて、完コピ二次創作に徹しようと。最初の依頼の時点で「火村シリーズを書きます」とお伝えしたと思います。火村シリーズの一編として本家の短編集に紛れ込んでいても誰にも気づかれないようなところを目指そうと考えていました。

 今村 今回の青崎さんの「縄、綱、ロープ」の中に、「既存の小説のキャラクターを作者以外の誰かが著述することは、できると思うか?」というアリスと火村の問答があって、ニヤリとしました。

 青崎 そこも、火村シリーズってよくこういうことやるよな、という既刊の要素を拾った結果です。

 今村 ああ、なるほど。ありそう。

 青崎 既刊を研究し、このオチも、要素を拾いつつ考えました。

 織守 ですよね。私、結末の一行を読んだ時、「本家っぽい!」と思って、すっごいテンションが上がって。

 青崎 よかった(笑)。それが自分なりの愛の伝え方かな、と。

 今村 本当に有栖川さんの短編集に入っていても気づかないかもと思いましたよ。それくらい完成度が高い。

 青崎 頑張ったんです(笑)。編集者の助けを借りて、漢字の使い方も全部『捜査線上の夕映え』に合わせたり。

 僕は、狙って本家に寄せていったわけですけど、今村さんはどうでした?

火村シリーズ文庫最新長編『捜査線上の夕映え』

 今村 僕も、基本的には寄せる方向で考えて、江神が言わないようなことは絶対に言わせないという意識で書いたんです。ただ、同時にこれは有栖川さんじゃない人が書いた江神だと見られたほうがいいという思いも心のどこかにあって。それでスマホを登場させたり。

 青崎 本家は時代が固定しているから、絶対に出せないアイテムですよね。

 今村 他にも、学生会館のラウンジではタバコが吸えないようにして、江神がわざわざ喫煙所に行って吸う描写を入れたりもしています。織守さんはどう考えました? 本家との距離感は。

 織守 私は、キャラクターはなるべく本家に寄せて、キャラクター同士の距離感も本物っぽくしたいなと思っていました。火村は初対面の相手にはこういうことは言わないだろうとか、アリスは口には出さないけど、時々シニカルなことを考えたり辛辣(しんらつ)なツッコミを入れたりするから、地の文だったらこの辺までは許されるかなとか、すごく悩みました。

 内容面では、今村さん、青崎さん、白井(智之)さんは絶対本気の本格ミステリを書いてくるだろうし、一穂(ミチ)さんはおそらく日常の謎、人が死なないミステリで、エモーショナルな感じでくるんじゃないかと想像して、このメンツで私がカラーを出すなら、ホラーっぽい要素を入れようと。本家っぽい二人で、でも本家ではやらないようなことをやろう、と試みました。

 今村 どんなに寄せても、書いた人らしさって出ますよね。織守さんの「火村英生に捧げる怪談」は、ネタごとに謎の解かれ方にバリエーションをもたせているのが面白かったです。不可解な現象に論理的な説明をつけるものから、本家の火村シリーズではなかなか見られない怪談の解釈へと発展させるものもあり、最後は別作品の人物の登場まで示唆して……。

 青崎 そう! 火村が学会で上京しているという設定がちゃんと生きていて、なるほどなと思いました。

 織守 今村さんの「型取られた死体は語る」は、アリスとマリアが会話するシーンが印象的です。マリアの考えに対してアリスが返す一言も、すっごくエモくてよかったです。このふたりのやり取りが物語のラストにもつながるわけですけど、ただキャラクターを借りてミステリを書いたというのではなく、今村さんが江神二郎という人物について考え抜いている感じがして感動したんです。

 今村 ありがとうございます。

 青崎 夕木春央さんの「有栖川有栖嫌いの謎」(別冊文藝春秋2024年5月号)は、「お、こういう切り口でくるか」と、ビックリしましたね。

 織守 トリビュートならではの、ずらしてひねった感じの趣向ですね。

 今村 一穂さんの「クローズド・クローズ」(オール讀物2024年5月号)は、火村とアリスのああいうやり取りがやっぱり一穂さん、お好きなんだろうなあと。

 青崎 二次創作らしい二次創作。すごくいい短編ですよ。

 今村 他の方のトリビュート作を読むと、僕らみんな同じ有栖川作品を読んできたはずなのに、他の人の目にはこう映っていたのかって、発見もありました。

みんなで頑張ろう

 織守 今回、有栖川さんの短編をずいぶん読み返したんですけど、これは面白いと思って奥付を見たら2001年だったり。その頃からずっと面白くて、今読んでも全然古くないのがすごいなと。

 青崎 けっこう時代ごとのトピックが入っているんだけど、古くさく感じませんよね。僕が再読して思ったのは、自分の記憶よりはるかに遊び心のある短編がたくさんあって、有栖川先生自体が楽しんで書いてるんだな、すごく洒落た小説を書く方なんだなと。

 織守 まさに同感です。

 今村 僕はデビュー8年目に入って、インタビューに来られる方が「学生時代に読んでました」と言ってくれたり、小学生で読んだ子が高校生になっていたりするんですが、有栖川作品は親子三代で楽しんでいる人がいるから、当のご本人はどんな気分なんだろうって想像もつかない。デビュー35年って、実感がわかないというか、遠い数字です。

 織守 でも、10年後、20年後に、私たちも後輩にそんなふうに言われたい。

 今村 言われたいですね。

 青崎 言われたいけど、20年後に出版業界があるかどうかわからない。

 今村 そうなんですよ……。

 織守 ちょっと待って(笑)、みんなで頑張ろうよ!

あおさきゆうご 1991年神奈川県生まれ。2012年『体育館の殺人』で鮎川哲也賞を受賞しデビュー。24年『地雷グリコ』で本格ミステリ大賞、日本推理作家協会賞、山本周五郎賞を受賞。著書に『11文字の檻 青崎有吾短編集成』等。

いまむらまさひろ 1985年長崎県生まれ。2017年『屍人荘の殺人』で鮎川哲也賞を受賞しデビュー。同作で本格ミステリ大賞を受賞。著書に『兇人邸の殺人』『でぃすぺる』等。最新刊は『明智恭介の奔走』。

おりがみきょうや 1980年ロンドン生まれ。2012年『霊感検定』で講談社BOX新人賞Powersを受賞しデビュー。一五年『記憶屋』で日本ホラー小説大賞読者賞、21年『花束は毒』で未来屋小説大賞を受賞。最新刊は『まぼろしの女 蛇目の佐吉 捕り物帖』

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