- 2024.12.12
- 読書オンライン
「がんの早期発見の重要性」を説く原稿を書くのに、自身は検査を避ける理由とは…? 「忙しいことがうれしい」という思考に支配された“ある医療ジャーナリストの失敗”
長田 昭二
『末期がん「おひとりさま」でも大丈夫』より #4
〈「妻との離婚」がきっかけで体重73→58キロに激ヤセ…ヤケになって“体の異変を放置し続けた”アラフィフ男性を襲った「第二の悲劇」〉から続く
血尿が出ただけじゃなく、検査で出た数値も異常…がんの疑いが濃厚な状況でも、ベテラン医療ジャーナリストの長田昭二(おさだ・しょうじ)氏が検査に行くのを後回しにし続けた「自営業者らしい理由」とは? 新刊『末期がん「おひとりさま」でも大丈夫』(文藝春秋)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/最初から読む)
◆◆◆
忙しさを理由に検査を後回し
PSAの数値が「4.0」の大台を超え、近所のかかりつけ医は泌尿器科の受診を勧めてくるようになった。だが、僕は仕事の忙しさを理由に、受診を後回しにし続けていたのだ。
当時の僕は仕事量が右肩上がりで増えている時期で、実際問題として「検査や治療を受けている暇がない」状況ではあった。会社員ではなくフリー(自営業)の僕は、働けば働くだけ売上げは伸びる。だから「忙しいことがうれしい」という思考に支配される。
忙しさを理由にすれば何でも片が付くような感覚に陥っていた僕は、恥かしい話だが目先の銭につられて検査を後回しにしてしまったのだ。
働き盛り世代の人ががんなどの重大疾患にかかり、手遅れになるケースの多くが「忙しさ」を理由にしている。今後働き方改革が進めばこうした考え方の人も減ってくるのかもしれないが、僕は「旧い世代」の最後尾に間に合ってしまった。
そしてもう一つ、私生活が充実していたことも挙げられる。離婚のストレスで痩せた体を鍛え直す肉体改造が成功し、趣味のマラソンが面白くて仕方ない時期でもあったのだ。若い頃からスポーツに親しんで体力を付けてきた人と違って、中高年になってからの急拵えで体格がよくなったタイプの人間は、人生において失敗することが多いような気がする。少しばかり胸板が厚くなったり腹が凹んだだけなのに、何だか偉くなったような、あるいはモテているような錯覚を起こすのだ。
僕などもまさにその一人で、病気のことを無視して、暇さえあれば神宮外苑の周回路を走り回り、その時間が無ければ腕立て伏せをする。そしてプロテインを飲みながら「がんの早期発見の重要性」を説く原稿を書く毎日。言っている(書いている)こととやっていることが完全に乖離していたのだ。
陰茎にカメラを入れる検査の恐さたるや
仕事の忙しさや私生活の充実ぶりを理由に挙げてはいるが、僕が病気と真剣に向き合おうとしなかった最大の理由は別にある。じつに情けない話だが、検査がこわかったのだ。それは検査に伴うであろう「苦痛」への恐怖もさることながら、一番嫌だったのが、人前で生殖器をさらけ出すことへの「恥ずかしさ」だった。
前立腺がんの検査となると、膀胱鏡検査は避けて通れない。陰茎から尿道内に内視鏡を挿入し、尿道と膀胱の内部を観察するこの検査の苦痛については、かつて仕事の発注元だった出版社の社長から聞かされた体験談が強烈に印象に残っていた。
詳しいことは忘れたが、必要があって膀胱鏡検査を受けたその社長は、あまりの激痛に耐えかねて、検査途中で膀胱鏡を自分で引き抜いた──と話していた。かなり話を盛る人なので大いに脚色された話だとは思うが、膀胱鏡の痛みを語るときの社長は目に涙をためていた。彼が経験した苦痛は、あながち大嘘でもなさそうだった。
最近は胃カメラや大腸内視鏡検査でも鎮静剤を使って行う「無痛検査」をウリにする医療機関が増えている。僕もこれらの検査を受けるときは無痛検査を選ぶ。一度でもその快適さを経験してしまうと、もう元には戻れない。
胃カメラや大腸内視鏡検査でさえあれほどつらいのに、陰茎にカメラを入れる検査が痛くないはずがない──と僕は思っていた。その恐怖心を、例の社長の体験談が強力に補強していたのだ。
もう一つの「恥ずかしさ」は…
もう一つの「恥ずかしさ」は想像に難くないと思う。人様に生殖器を見せることに快感を覚える人もいるとは伝え聞くが、少なくとも僕にその趣味はない。まして検査ともなれば女性の看護師が立ち会うこともあるだろう。
先方は仕事で見慣れているとはいえ、こちらは女房やそれに準じる立場の女性以外にご覧に入れることに慣れていない。全身麻酔をかけて行う手術なら意識を失うので何をされても構わないが、膀胱鏡検査は麻酔成分の入ったゼリーを使う程度なので、被験者の意識は鮮明だ。
いい年をしてそんなことを恥ずかしがることを恥ずかしいと思うべきなのかもしれないが、なるべくなら避けたいものだと思っていた。
しかし、当然のことながらそんな言い訳は病気には通じない。ついに検査を免れない状況に陥ってしまった。
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