- 2024.12.26
- 読書オンライン
「就寝時は紙おむつを手放せなくなってしまった」がんになった59歳・医療ジャーナリストが衝撃を受けた「失禁の苦しみ」
長田 昭二
『末期がん「おひとりさま」でも大丈夫』より #6
〈「そんな気分は失せてしまう」がん闘病中の医療ジャーナリスト(59)が「女性との性交渉をやめた」ある事件とは?〉から続く
ときには雨水の音が耳に入るだけで漏らすことも…。がん治療をきっかけに「失禁」を経験するようになった、医療ジャーナリストの長田昭二(おさだ・しょうじ)氏。当事者だからこそ語れる、その衝撃の大きさとは? 新刊『末期がん「おひとりさま」でも大丈夫』(文藝春秋)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/最初から読む)
◆◆◆
退院直前に初の尿失禁
それでも術後の経過は順調だった。手術翌日から点滴台を連れて病棟内を歩き回り、することがない時は病室に持ち込んだノートパソコンでメールを確認したり原稿を書いたりして過ごした。
お腹や尿道に挿し込まれていた管も、今日は1本、翌日は2本……と抜去され、病院生活も次第に快適になっていく。特に最後の1本が抜けて点滴台と体が完全に分離した瞬間は、言葉にできない解放感に浸ることができた。
手術から7日後、待望の退院の日を迎えた。横浜の親類が迎えに来ると言ってくれたが、一人で問題なく退院できそうなので断った。朝食を終えて片付けをして、最後にもう一回歯を磨いていたとき、股間に温かい液体が湧き出るのを感じた。尿失禁だった。
すでにパジャマから洋服に着替えていたが、念のためこの時は下着の中に尿漏れパッドを付けていた。そのおかげで下着やズボンに被害が及ぶことはなかったが、何しろ大人になって初めて「おしっこを漏らす」という悲劇がもたらす精神的なショックは甚大だった。
退院手続きのためにやって来た看護師にいま起きたことを伝えると、特に驚くそぶりも見せずにこう言った。
「水道の水の音につられて出ちゃったんですね。大丈夫、よくあることですよ」
雨水の音がきっかけで漏らすことも…
水が流れる音に反応して尿が漏れることがあるとは知らなかった。しかしこの数日後、僕は再び尿失禁を経験する。仕事で出かけて、地下鉄の駅のホームに立っていた時のことだ。雨水だか湧水だかが線路際の側溝に向けてちょろちょろと音を立てて流れ落ちる音を聞くともなしに聞いていた時、退院の日ほど大量ではなかったものの、失禁してしまったのだ。この時も尿漏れパッドで救われたが、こうした経験から僕は術後半年間、昼間は尿漏れパッド、就寝時は紙おむつを手放せなくなってしまった。
半年ほどで「下着だけ」の生活に戻ったが、いまも出張や旅行で外泊する時は、万一に備えて紙おむつを持参し、就寝時だけ使用している(退院直後に大量購入してしまったので)。それほど、大人になってからの尿失禁がもたらす精神的なショックは大きいのだ。
退院した日は天気がよかった。
正午ごろに四谷の自宅に帰ると、東京パラリンピックの開会を寿ぎ、航空自衛隊のブルーインパルスによる祝典飛行があるという。ちょうどわが家の上空を飛ぶというので、ベランダに出て空を見上げていた。
これが僕にとって最後のオリパラになるのかもしれないな──と思って見上げていた。
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