
日本をリブートする未来戦略を打ち出した新著『1%の革命』が話題のAIエンジニア・SF作家の安野貴博さん。デマ、誹謗中傷、陰謀論がネットにあふれかえる時代に、社会システムの民主的なアップデートは可能なのか、直撃した。
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「人間は陰謀論を信じやすい生き物なんです」
――昨今SNSでの誹謗中傷が激化していて、政治的なデマにより自殺に追い込まれる人も出てくるほどタガが外れてしまっているように思います。日本のネットを取り巻く惨状についてどう見ていますか?
安野 現状認識として、陰謀論やデマの多さでウェブは相当やばいことになっていると思います。いろいろな問題が絡み合っていますが、SNS上のコミュニケーションを社会的にどうデザインしていくかは非常に難しい課題です。
4~5年くらい前までは私自身、陰謀論に対する認識が甘くて、面白いこと言う人がいるなと素朴に見ていました。フラットアースなんてあるわけないだろう、とか(笑)。
でもよくよく考えてみると、人間は脳の構造として陰謀論を信じやすい生き物なんですね。例えば、フラットアースを本気で信じている人に対して、論理的にこういう物理現象があるから、地球は丸いと説明しても、「じゃあ、あなたがそれを実験したんですか?」「自分の目で地球が球体であるところを見たんですか?」「データは捏造されている可能性だってあるでしょう」と言われたら、なかなかに反論が難しい。
逆にいえば、ディベートで私がフラットアース側に立てば、ロジックをこねくり回してなんとか説得しきることも可能だと思っています。そのくらい私たちの認知には脆弱なところがあります。

――Qアノン、イルミナティ、地球温暖化はない、ヒト型爬虫類が人類を支配している……トンデモな陰謀論がたくさんありますね。
安野 かなり香ばしいんですけど、私はSF作家だからわかりますが、作家の思考回路と陰謀論を生成する思考回路はとてもよく似ている。脳みそに「妙に残っちゃう」ストーリーや、仮にそうだとしたら面白いと思うアイデアを生み出すところが(笑)。
――たしかに陰謀論って、ちょっと面白い。
『魔女に与える鉄槌2』が無限に湧いてくる時代
安野 みんなが面白いぞと感じてしまう、人間の脳の柔らかな部分をつつくような陰謀論だけがSNSで拡散されていく構造なんです。ネットの自然淘汰を勝ち残っただけあって、なかなかによくできたもっともらしいお話が多い。
歴史的に見て、情報が流通すればするほど陰謀論も流通するというのは、ユヴァル・ノア・ハラリの指摘です。活版印刷技術は科学革命の礎になった非常に素晴らしい技術ではありますが、同時に魔女狩りを生み出しました。15世紀、異端審問官によって書かれた『魔女に与える鉄槌』という怪文書は、今で言う陰謀論そのものですが、それが出回ったことでヨーロッパ中で魔女とみなされた女性たちが虐殺される暗黒時代が始まったわけです。

SNSは活版印刷技術とは比べ物にならない拡散力と中毒性があり、『魔女に与える鉄槌2』みたいなものが無限に湧いてくる時代になりました。人類はSNSと向きあい始めてからまだ日が浅く、情報プラットフォームに対する経験知が浅いので、テクニカルな部分も含めて改善の余地が大きいと思います。テクノロジーは良いことを後押しすることも、悪いことを増幅することもできますから。
――具体的にはどういう対策法があると思いますか。
安野 まず誹謗中傷やデマに対する法的手段に関していうと、現行の法律の範囲でも、偽計業務妨害、公職選挙法違反、名誉棄損あたりで罪に問えます。むしろボトルネックとなっている課題は、開示請求をし、裁判をし、実際に削除や訂正・謝罪までもっていくコストと時間がものすごく大きい点にあります。このプロセスを技術的に簡略化し、処理速度を上げれば、被害者側にとってかなりマシな状況になると考えます。
第二に、プラットフォーム側の協力を得て、AIを使って罵詈雑言や明らかなデマが流れないようにフィルタリングする方法があります。コミュニティノートのようなXでの注意喚起の仕組みを、他のプラットフォームでも適応し、客観的な情報を提供する仕組みを広げるのも良いアプローチでしょう。
人類はまだSNSとの付き合いを模索している段階
――現状、プラットフォーマー側の仕組みが追いついていない印象が否めません。
安野 SNSが国民に与える影響は甚大で、私は常々、GAFAMのようなビッグテックに対しては国が包括的な交渉を仕掛け、他国に対する外交と同じように「対ビッグテック外交」をすべきだと考えています。日本の法律を踏まえて開示請求への対応を早くしてもらうとか、ログをどの範囲残しておいてもらうとか。
国対ビッグテックは「持ちつ持たれつ」の関係があるので、先方に有利な条件も使いつつ、したたかに交渉する必要があります。日本単独でやるのではなく、他国とも連携しながらプラットフォーム側に要請していくのが現実的です。

――ネット上でよく議論になる表現の規制問題に関してはどう思われますか?
安野 プラットフォーム側が透明性の高いルール運用のもと、例えば児童ポルノや罵詈雑言に対して一定のフィルタリングをかける措置はあり得ると思います。ただし、国が介入して特定の投稿や動画にたいして差し止める権限や仕組みをもつと、あまりにも強大な権力となり、果たして適切に運用できるのか私は懐疑的です。権力者にとって都合の悪い情報を消したり、敵対する候補者を貶めることも簡単にできてしまいますから。そういうルールづくりも含めて、人類はまだSNSとの付き合いを模索している段階だと思います。
――とくに政治的なイシューをめぐって議論が荒れやすいウェブで、果たして安野さんのいうデジタル民主主義は適切に機能するのでしょうか?
台湾の公共政策プラットフォーム「Join」という好例
安野 かなり高い確率で機能しうると思っています。例えば私が都知事選において展開した、オープンソースの政策プラットフォームでは、わずか17日で課題提起が232件、変更提案が104件寄せられ、建設的な議論を経て、実際マニフェストに72個所のアップデートが反映することができました。
海外では、台湾の公共政策プラットフォーム「Join」のような優れた成功事例もあります。台湾市民ならだれでも政策提案ができるこのオンラインの場で、5000人以上の賛同が集まったイシューには政府が必ず回答しなければならないことになっています。10年で170個くらいは、政策が一部でも実現しているという成果が出ています。それによって、これまで政治の場に届けにくかった若年層の声が反映されているのです。

つい先日、台湾へ視察に行ってきたのですが、この8年間くらいの台湾のデジタル民主主義は、オードリー・タンさんはじめ、数名のスタープレイヤーが牽引しているとわかって興味深かったです。オンライン上の議論が建設的なものになるようファシリテートし続けている猛者がいるんですね。
台湾の政策プラットフォーム「vTaiwan」はより専門性の高い議論の場ですが、オンラインのミーティングや書き込みに対して、ものすごく丁寧にファシリテーターがフォローしている。
――議論を適切に導く、ファシリテーターが重要なわけですね。
安野 逆にいうと、台湾の場合その中心メンバーが力尽きたり、いなくなるとプラットフォームが脆弱になっていくという課題を抱えていました。私は2025年の今ならLLM(大規模言語モデル)があるので、大きな人的コストがかかっていたファシリテーションを、一定の割合AIが行うよう設計することも可能だと考えています。必ずしもスタープレイヤーがいなくても、そうしたプラットフォームを持続可能な形に進化できると思います。
中間層が地盤沈下を起こす時代の課題
――ひとつそれは希望となる見通しですね。少し話がそれますが、そもそも政治的なイシューで非常に荒れやすいのはアイデンティティ・ポリティクスがらみ、つまりLGBTQや夫婦別姓や移民といった問題です。
おそらく中間層の大半は経済を最優先で立て直し、働いている人が普通に報われる社会こそ望んでいるのに、なぜかいつも政治の争点の中心にアイデンティティ・ポリティクスが持ち込まれ、さまざまな分断が国民のなかで生じている。この状況をどうご覧になっていますか。
安野 まず前提として、長らく経済政策においてないがしろにされた結果、大規模な中間層の没落が生じているという問題は日本特有のものではなく、アメリカ大統領選を現地で見てきたときにも同様のことを実感しました。その反動がトランプ勝利につながったとも言えますが、グローバリゼーションが進むにつれ格差が拡大し、中間層が地盤沈下を起こしている現象は先進国のあちこちで起きていることです。

私は、「格差をなくそう」ではなく、格差自体は許容しながら、中間層のボトムラインを上げていこうというのが、社会を立て直す現実的な路線だと思っています。世の中の先端にはイーロン・マスクみたいな超富豪もいるけれど、テクノロジーは弱者や中間層を強力にエンパワーするものでもあるので、みんなで経済成長していくのがいい。それは政治の優先的な課題であるべきだと思います。
アイデンティティは「ゆめめて」「ストレッチ」する
――なるほど。
安野 昨今の社会的な分断は、アイデンティティ・ポリティクスがひとつの原因だと思っています。私は誰もが自分らしく生きられる多元的な社会を目指していますし、この領域に解決すべき社会課題が多いことも十分に理解しています。ただ、さまざまな属性が自分のアイデンティティと深く結びついて、自分とは異なる考えをもつ他者を否定する人も多いこの時代――、むしろ一部のアイデンティティは「ゆるめて」「ストレッチ」したほうがいいと思っています。
――どういうことでしょうか?
安野 実は先般、『自己同一性柔軟体操』というアイデンティティの柔軟体操ができるアート作品を発表しました。これは、カメラの前に立つと、AIのディープフェイクの技術で、5つのディスプレイに5通りの自分の顔が映ってリアルタイムで動きます。ジェンダーや年齢や人種の変わった自分の顔が複数現れるというわけです。
これを体験していただくと、凝り固まった自己像から解放されて、自分がこういう見た目、あるいは属性だったらどうなんだろうと、アイデンティティを柔軟に捉え直すことができます。他の人にたいする想像力を働かせるきっかけにもなりますし、アイデンティティ・ポリティクスと分断という現代的なテーマに一石を投じるものになればと思っています。
――非常にユニークな問題提起ですね!
安野 アイデンティティ絡みのイシューをはじめ、SNSを見ていると、ものすごく賛否両論が分かれる話題がありますよね。僕の印象でいうと、その95%くらいは感情的な「好き」「嫌い」を言い換えている文章で、あとの5%くらいで建設的な議論がされている。
だから、AIでその5%の知見をバッと集めて整理し可視化するのは意味のあることだし、現状のこれだけクソみたいなSNSの中ですら有益な議論は生じているので、それを民主的な力へ増幅することは必ずできると思います。
新著『1%の革命』では、デジタル技術を中心に各分野をどのようにアップデートし、新しい民主主義の仕組みをつくっていくか、再建のための具体的なビジョンを書きました。
最初に変化を起こそうとする人たちは1%だけかもしれませんが、その新しい挑戦から世界が変わることは往々にしてあるもの。みなさんと一緒に、小さな革新から、大きな変化を生み出す未来への第一歩を踏み出せたらと思っています。

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