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話題沸騰のデビュー作『高宮麻綾の引継書』城戸川りょうさんインタビュー

話題沸騰のデビュー作『高宮麻綾の引継書』城戸川りょうさんインタビュー

瀧井 朝世

出典 : #文春オンライン
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 絶賛発売中のビジネス小説『高宮麻綾の引継書』(城戸川りょう著)。現役商社マンだからこそ描けるリアルな組織の人間模様が読みどころの本作。瀧井朝世さんによる著者インタビューをお届けします。

――3月6日発売のデビュー作『高宮麻綾の引継書』は、食品原料を扱う商社に勤務する高宮麻綾が主人公。第31回松本清張賞への応募作品で、惜しくも受賞ならずとなったものの、選考委員や文藝春秋社内から応援の声が相次ぎ、刊行が決まったそうですね。城戸川さんも現在商社に勤務されているそうですね。

城戸川 作品で扱う事業の内容と私の本業はまったく違うんです。仕事で得た知識そのものを書きたかったわけではなく、仕事をするなかで得た、楽しいとか悔しいといった感情を書きたかったので、そういう部分では自分の経験と小説で繋がるところはあると思います。

 

――高宮は親会社に提案した新規事業『メーグル』が一度は採用されるものの、突然反故にされ、怒りを爆発させます。ある時社内で古い引継書と不穏な告発メモを見つけ、それが『メーグル』の事業化にも関わる内容だったため、彼女は後輩の天恵と真相を探り始める。引継書という小道具が面白いですね。

城戸川 うちの会社では引継書に対して一家言ある人が多いように思っています。引継書を、自分のこれまでの仕事に関する成績表のように捉えている人もいたりします。引継書の中にどれだけ濃い内容を書けるかで、その人のやってきた努力の成果や試行錯誤の跡が丸わかりになるというか。テキトーに仕事していたら、スカスカな内容にならざるを得ないじゃないですか。

 それと、実際に会社で何十年も前の古文書みたいな引継書を見つけたことがあるんですよ。変色して端がボロボロになった、今とは違う古ぼけたフォントで書かれているもので。この出来事自体も小説に活かせるのではないかと思いつき、そこから、どの業界でどんなストーリーだったらこの話は面白くなるだろうかを考え始めました。

――親会社と子会社の関係や、高宮が『メーグル』を提案した社内のビジネスコンテスト、投資審査会など、会社組織の内実も面白かったです。

城戸川 社内ビジコンという舞台は、実体験が元になっています。昔、仲の良い先輩が最終選考まで残ったときに、毎晩遅くまでプレゼンの準備を手伝ったことがありました。それをきっかけに、まだこの世に存在しない新しい事業を立ち上げる人って格好いいなと思って、その後、私自身も新規事業開発の仕事に挑戦しました。ゼロから構想を立案して、実現させていく過程で、自分の頭の中にあった事業案がどんどん形になって前に進んでいく感覚や、周りの人も一緒になって盛り上がっていく様子を目の当たりにしました。そのときに抱いた様々な感情が、作品の土台になっています。

 親会社と子会社の関係性については、グループ会社の方と1年間仕事に取り組んだ経験がベースにあります。その方とは今も数か月おきに飲みに行って近況を報告し合うくらい、仕事を通じて信頼関係を築くことができました。異なる立場の人と一緒に仕事に取り組む時に大事なのは、社内政治や忖度ではなく、「この仕事は絶対に面白い。だから実現させたい」という強い気持ちを皆が持つことだと学びました。

――高宮はかなり強気で強引な女性ですが、彼女が言う、仕事がうまくいった時の「たまらない」という感覚、すごく分かります。どういう人物をイメージしていましたか。

城戸川 私と、私が入社した時に仕事を教えてくれた先輩と、先述のグループ会社で一緒に仕事をした方が混ざっています。高宮の「全員ぶっ飛ばしてやる」という気の強い部分は先輩で、しなやかでしたたかな部分はグループ会社の人。それと、私自身が落ち込んでいる時期に周囲を羨んだり妬んだりしたこと、でもこのままでは終われないと思って新規事業の提案に賭けた時の感情が色濃く反映されています。

――モデルとなった先輩も、高宮のように苛立つと舌打ちしたり、貧乏ゆすりをしていたんですか(笑)。

城戸川 当時はすごかったです(笑)。でも出会ったときから非常に優秀な人で、今でも活躍されていて尊敬しています。読んだ方からは、「一緒に働きたくはないけれど、こういう奴が一人くらいいたほうが楽しいかもな」みたいな感想も多いです。一方で、「麻綾は自分だと思った」と言ってくれる方も何人かいました。

――後輩の天恵や、親会社のクールな風間、出向先の実直な角田など、魅力的な人がたくさん登場します。人物がちゃんと描き分けられていて、みんな魅力的でした。

城戸川 高宮以外の登場人物にはモデルがいないんです。誰一人テンプレっぽくしたくないとは思っていました。働き方についてこういう意見を持つ人がいるなら、反対にこういう人も当然いるだろう、などと考えていったので、登場人物の配置では苦労しなかったです。

――それにしても一難去ってまた一難という感じで、エンタメとしてのテンポと緩急が素晴らしいですね。高宮が異動したり、出向したりと状況もどんどん変わっていく。

城戸川 どうしたら面白くなるか、読者がページを捲りたくなるかはかなり意識しました。通っていた小説教室で講師の方に、何度も「主人公に楽をさせるな。汗をかかせろ」と言われてきたんです。それで、主人公にとって今この瞬間、一番起きてほしくないことは何かを考えて、無慈悲に取り入れていきました。最初の段階で解決策まで思いつくわけではないので、とりあえず主人公に汗をかかせた後に、自分がもっと汗をかくことになりましたが(笑)。

 第5章は高宮が本作で一番汗をかく重要な部分ですが、実は最初は書かない予定だったんです。松本清張賞の締切1週間前に海外出張が入って、出国間際に「もっと面白くなるだろ」と考えていたら第5章の話がぱあっと浮かんで、飛行機の中で原稿用紙80枚を一気に書き上げました。あの出張がなかったら、たぶん自分は今ここにいないです。

――高宮が最後に下す決断がいいですよね。

城戸川 いいですよね!(笑)。主人公が何かを通して成長する小説が好きなので、これもそういう話にしたいと思っていました。

――小説を書き始めたのはいつ頃ですか。

城戸川 初めて書いたのは小学校6年生の時ですが、本腰を入れたのは社会人二年目の時、2016年の終わりくらいです。

 もともと小説を読むのは好きだったのですが、大学4年の終わりに、大学同期の辻堂ゆめさんが『このミステリーがすごい!』大賞の優秀賞でデビューされたんです。さらに辻堂さんは東大の総長賞も獲ったので、とても印象に残っています。自分は何とか就活を終えて満足していたけれど、こういう生き方もあったのかと愕然としました。その時、なんで学生時代に小説を書かなかったんだろうととても後悔したのを覚えています。

 しかも会社に入ったら、想像よりも仕事はきついし、思い描いていたような活躍はできないしで、人生これでいいんだっけ……と思うようになって。大学四年の時の後悔もあり、何か書いてみようと小説教室を探し、山村正夫記念小説講座(現・森村誠一・山村正夫記念小説講座)に通い始めました。

 そこから1年半かけてお仕事小説を書き上げ、集英社の小説すばる新人賞に送ったら、最後の16作品に残ったようで、編集部からアドバイスをいただきました。その後もいくつかのジャンルを書きましたが、やっぱり仕事の話がいちばん面白がってもらえる感覚がありました。でもお仕事小説を対象にした新人賞ってあんまり無いんですよね。そんな時に森バジルさんの松本清張賞受賞作『ノウイットオール』を面白く読みました。いろんなジャンルの小説が混ざった連作短篇集だったので、懐の深い松本清張賞なら大丈夫じゃないかと思って応募しました。

――冒頭でもお話しした通り、本作はその松本清張賞で次点だったそうですが、刊行に至ったのはどういう経緯があったのですか。

城戸川 選考会の日、日本文学振興会の方から落選の連絡をいただいて凹んでいたら、その5分後くらいに当時の別冊文藝春秋の編集長から電話がかかってきたんです。「今回の作品は他の賞に応募する予定ですか」と訊かれ「特に考えていないです」と言ったら、「よかったよかった」って(笑)。数日後にお会いすることになり、「この小説は今、世に出すべきです」と言っていただきました。目の前にいる初めて会った方たちが、高宮麻綾の話で盛り上がっている光景を目にして、すごく嬉しかったし、書いてよかったと思いました。

――2作目はどのような話を考えているのですか。

城戸川 編集部からご提案をいただいて、続篇を書くことになりました。ひとつ山を乗り越えたら更に大きな山が待ち受けているのがサラリーマンの性なので(笑)、高宮には今後もいろいろと試練を与えて、汗かきながら頑張ってもらおうと思います。

城戸川りょう(きどかわ・りょう)
1992年山形県生まれ。山形県立山形東高校卒業。東京大学経済学部卒業。商社勤務。2025年3月『高宮麻綾の引継書』で作家デビュー。

単行本
高宮麻綾の引継書
城戸川りょう

定価:1,760円(税込)発売日:2025年03月06日

電子書籍
高宮麻綾の引継書
城戸川りょう

発売日:2025年03月06日

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