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自衛隊の最新鋭戦闘機が墜落。貧困、日米地位協定、軍用地主など沖縄の暗部を抉る衝撃作の魅力に迫る!

自衛隊の最新鋭戦闘機が墜落。貧困、日米地位協定、軍用地主など沖縄の暗部を抉る衝撃作の魅力に迫る!

青木 千恵

『墜落』(真山 仁)

出典 : #文春オンライン
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 真山仁さんの「冨永検事シリーズ」最新作は舞台を沖縄地検に異動した冨永が、那覇市で発生した殺人事件と自衛隊の最新鋭戦闘機の墜落事件の謎に迫ります。貧困、基地、軍用地主などなど沖縄の暗部を抉り出した問題作です。

 著者と同じく元新聞記者の青木千恵さんが本作、並びに「冨永検事シリーズ」の魅力に迫ります!

◆◆◆

 今から八〇年前の一九四五(昭和二〇)年に敗戦国となった日本は、焼け跡から復興し、高度経済成長を経て先進国と言われるようになった。八〇年代以降、他の先進国が不況と先進国病に喘ぐ中でも成長を続け、家電や自動車、半導体といった日本の製品群は、斬新な技術と品質の良さで世界市場を席巻、九〇年頃までの日本は「経済大国」「科学技術立国」「ジャパン・アズ・ナンバーワン」などと言われた。しかし、九一年にバブル経済が崩壊したあとは苦戦している。世界に占める日本の名目GDPの比率はじりじりと下がり、二〇〇五年は一〇・一%を占めて世界二位だったが、一〇年に中国に、二三年にドイツに抜かれて、今はアメリカ、中国、ドイツに次ぐ四位となっている。

作中の戦闘機のモデルとなったF35

 どうしてこうなった? 世界にとって掛け替えのない存在として、日本が再生する道はどこにあるのだろうか?

 本書は、気鋭の検察官、冨永真一を主人公にした、「冨永検事シリーズ」の第三作目となる長編小説だ。一作目『売国』(「週刊文春」二〇一三年五月二・九日号~一四年八月七日号初出、単行本は一四年一〇月刊)、二作目『標的』(「産経新聞」一六年七月~一七年三月初出、単行本は一七年六月刊)に続く本書は、「オール讀物」二〇年二月号~二一年一二月号で連載後、沖縄の本土復帰五〇年にあたる二二年の六月に単行本が刊行された。今回の文庫化で、シリーズ三作が揃って文春文庫にて読めることになる。本書から読んでも楽しめるが、一、二作目もぜひ読むことをお勧めする。とても面白いから。

航空自衛隊のエースパイロットが墜落事故!?

 一九八七年のアメリカ・カリフォルニア州エドワーズ空軍基地、二〇二一年の沖縄県那覇市フローレンスこども園など、さまざまな時間と場所の光景を配した「プロローグ」から、本書は幕を開ける。二一年一一月二三日、那覇市にある養護施設「フローレンスこども園」では、新型コロナが小康状態になったお陰で「サンクスギビング・フェスティバル」が無事に開催され、人々は和気藹々とした時間を過ごしていた。祖母にも母にもネグレクトされ、三歳の時からこども園の保護を受けて成長した二六歳の金城華は、夫、三人の子どもと参加し、得意のたこ焼きを焼いている。そんな家族を見守るのは、こども園の副園長、新垣マリアだ。沖縄県糸満市でタクシー会社を営み、徘徊する少年少女を保護する活動を続けて「はいさいオジー」の名で知られる赤嶺芳春や、自衛隊切ってのエースパイロットである我那覇瞬も、フェスティバルに姿を見せていた。

 一方、東京・霞が関では二二年二月、東京地検特捜部の冨永真一が、アメリカ大使館の二等書記官らが関わる申請書偽造・仲介料詐取事件の「捜査打ち切り」を告げられていた。冨永は同年七月一日付けで、那覇地検に異動する。前任者が担当した最後の案件として引き継いだのは、六月二九日に那覇市で発生した殺人事件だ。被疑者の金城華は、DV(家庭内暴力)に耐えかねて夫の金城一を刺殺したと自白しており、一〇日目の勾留期限まであと二日。現場を検証し、華の供述に疑問を抱いた冨永は、勾留の延長を申請する。

那覇市の夜景 ©w.aoki/イメージマート

 その頃、航空自衛隊第九航空団404飛行隊の我那覇瞬一等空尉は、相棒の荒井涼子三尉とともに戦闘機F−77に乗り、日本の防空識別圏を飛ぶ彼我不明機(アンノウン)に相対していた。中国機とみられる彼我不明機の侵入が増えており、対抗する最新鋭機として、アメリカの軍用機メーカー、サンダーボルト社のF−77が配備された。この機種の性能に疑問を持つ我那覇だが、F−77はメーカーでしか解析できない“ブラックボックス”の比率が高く、アメリカの最先端の軍事技術(ミリテク)に触れられない。我那覇が違和感を深めていた矢先、民間人一人を巻き添えにする墜落事故が発生する――。

東京地検から那覇地検に異動した冨永検事

 妻による夫殺しと、自衛隊パイロットによる墜落事故――。沖縄に赴任した冨永は、かけ離れた事件の捜査を担うことになる。

 このシリーズは、一見は無関係な事件や人物の動きが点々と併走しながら、それらが重層的につながりあい、やがて一つの大きな形を成していくスタイルであるのが特徴だ。一作目『売国』は、土建会社の脱税告発に端を発する東京地検特捜部の捜査と、ロケット開発。二作目『標的』は、日本初の女性総理と目される厚労相をめぐる疑惑に、検事の冨永が捜査で、暁光新聞クロスボーダー部の記者、神林裕太が取材で迫る。初めは無関係に動いていた冨永と神林に、やがて接点が生まれていた。そして三作目の本書は舞台を南国に移し、殺人と墜落というかけ離れた事件を通して、沖縄の姿をあぶりだしていく。

 主人公は検事の冨永だが、複数の視点を用いた群像劇のスタイルをとるのも、このシリーズの特徴だ。『売国』は冨永と、宇宙開発に夢をかける研究者の八反田遙。『標的』は、冨永と神林を主な視点にしていた。そして本書は、前二作よりもさらに多視点の群像劇になっている。第一章だけでも我那覇、かつて“悲願”を絶たれた楢原隼人元空将補、神林、マリア、そして冨永――と、視点がみるみる切り替わり、躍動感たっぷりに展開する。そもそも人はそれぞれに別のものを見ていて、さまざまな思いを抱いては暮らしているのだ。そんな多視点が交錯するうちに、どのような全体像が結ばれてゆくのかはスリリングで、描き分けていく筆致がとても巧い。

シリーズキャラクター+新キャラクターの活躍

 ここで、『標的』から引き続き登場する神林が、冨永の向こうを張る活躍?(本人は、事件に関わらずにいたかったかも)を見せる。夏季休暇でたまたま沖縄に滞在していた神林は、轟音を聞いて現場に急行し、墜落事故の一報を打つ。どちらかというと内向的で不愛想な冨永に比べると、人付き合いのいい神林は“陽キャ”と言える。冨永と神林が静と動の対比をなし、ともすればばらけそうな多視点による物語の求心力になっている。どちらかが登場するたびに、“馴染み”の安心感が醸成されて、読者を引っ張るのだ。

一見平和に見える沖縄だが……

 また、我那覇、楢原、マリア、沖縄防衛局企画部長の山本幸輔ら、他の視点人物も魅力的で、心理がリアルに伝わってくる。冨永を補佐する立会事務官の比嘉忠ら、誰もが生き生きと造形されている。冨永の傍らで繰り出される、比嘉の駄洒落はユーモラスだ。彼は冨永を深夜の歓楽街に連れていき、若者たちの様子を見せる。〈新宿などの都会の毒々しいきらびやかさというより、無邪気なほどに朗らかに見える〉。シビアな現実の中での「なんくるないさ」の気骨なのだろうか。冨永はそこで生きる人々の姿を知っていく。

 沖縄は、日本の中でも特異な歴史を刻んできた場所である。太平洋戦争末期に地上戦が繰り広げられ、終戦後は米軍の統治下に置かれた。一九七二年五月一五日の本土復帰後は米軍基地が残され、沖縄本島で約一五%の面積を占める。在日米軍の基地や施設に使われる土地の所有者を、軍用地主と言う。

 軍用地主として桁外れの賃料を受け、養豚業とレストラン事業で成功した金城昇一の跡取り息子が、妻の華に殺害された金城一だった。さらにこの物語で墜落事故が起こる喜屋武岬一帯は、戦争末期に米軍との戦いで第六二師団が玉砕し、戦場に取り残された多くの住民が亡くなった場所だ。すると「今」の人々は、どのような動きを見せるのだろうか。

 本書は、そのプロセスをつぶさに描く。シリーズの中でも本書の特徴は、沖縄を舞台にしている点である。前作が書かれた頃にはなかった「新型コロナ」も存在する。

沖縄ならではの特別な事情

〈「沖縄の貧困の敵は、無関心、偏見、諦観」というのが洋子の口癖だった。/マリアも日々それを感じながら、見えない壁を破れずにいる〉。新垣マリアは、幼い頃から見てきた華とその家族を案じつつも「壁」を破れずにいた。冨永は本書の冒頭で「捜査打ち切り」を告げられている。〈早期発見、早期対策こそが無事故の要諦〉だからと、自分なりに最新鋭機の情報収集に努める我那覇は、「限界」に突き当たる。見えない壁は、そこかしこにあるのだ。進もうとしても壁に突き当たり、暗くて道が閉ざされる。その「闇」に、このシリーズは次々と光を当ててきた。

 シリーズを読んで、冨永は、実は“熱い人”だと私は思う。そうでなければ、「壁」や「闇」だらけの世の中で、これほどブレずに仕事に取り組むことはできないだろう。〈冨永は長いものには巻かれろ、空気を読めという発想が嫌いだった。京都の古いしきたりの中で生まれ育ち、その秩序を乱すものは許さないという世界に嫌気がさして、検事を志した。ここには、しきたりも空気もない。あるのは法律だけだ。だから、つまらぬ忖度(そんたく)などする必要はないと考えていた〉と『標的』にある。彼が探しているのは「自由」なのではないか。法の下の平等が保障され、自由に仕事に取り組める公正な社会なのだと思う。〈検事は、事件の真相を明らかにし、罪を犯した者に対して適正な刑罰を求めるのが仕事です〉と言う冨永は、不明確なところがあれば、徹底的に調べていく。

 仕事を通して社会と向き合うのは、冨永だけではない。“闘犬”の異名をとる上司に発破をかけられて飛び回る、記者の神林もそうだ。最近も“オールドメディア”と言われたりする新聞や、検察は叩かれがちだが、どちらも社会にとって大事なものだ。新聞記者だった著者の真山仁さんは、思い込みや幻想を排し、徹底した取材を元にして物語を創り出している。わからないままでは前に進めないから、調べて、「闇」に光を当てる。

 冨永も神林も、マリアも楢原も山本も、自分の歩んできた道から、社会を見ている。真山さんは、彼らの眼差しと思いの一つひとつを捉えて鮮やかに描き出し、本書を人間のドラマにしている。だから、真山さんの小説は読者の心を沸きたたせ、エンターテインメントとして優れているのだ。

文春文庫
墜落
真山仁

定価:935円(税込)発売日:2025年04月08日

電子書籍
墜落
真山仁

発売日:2025年04月08日

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