『曽根崎心中』『国性爺合戦』など、数多の名作を生んだ日本史上最高のストーリーテラー・近松門左衛門。創作に生涯を賭した感動の物語、松井今朝子さんの『一場の夢と消え』(文藝春秋)が第38回柴田錬三郎賞を受賞しました。
受賞の知らせを受けた、松井今朝子さんから喜びの声が届きました。
わたしは今から40年ほど前、自身まだ30代の頃に四世坂田藤十郎が主宰して近松門左衛門の作品を専ら上演する歌舞伎の劇団「近松座」で上演台本を書いたり、演出助手を務めたりしておりました。当時は偉大な文学者としての近松ではなく、一介の座付き作者に過ぎなかった彼の心境に思いを巡らせることがしばしばあって、図らずもこの作品にはそうした自身が若い頃の様々な想い出や煩悶が入り混じってしまったのを今は深く恥じ入りながらも、今回の受賞は大変有り難く感じております。
柴田錬三郎賞は、『眠狂四郎無頼控』をはじめ、不羈の想像力を駆使した数々の作品でひろく大衆の心をうち、ロマンの新しい地平を切り拓いた故柴田錬三郎氏の業績を称えて、氏の名を冠した文学賞です。現代小説、時代小説を問わず、広汎な読者を魅了しうる作家と作品を顕彰し、現在の選考委員は逢坂剛さん、大沢在昌さん、桐野夏生さん、篠田節子さん、林真理子さんの5名です。
重厚で格調高い芸事小説『一場の夢と消え』を、ぜひ多くの方々に堪能いただければ幸いです。
■『一場の夢と消え』あらすじ
越前の武家に生まれた杉森信盛は浪人をして、京に上っていた。後の大劇作家は京の都で魅力的な役者や女たちと出会い、いつしか芸の道を歩み出すことに。竹本義太夫や坂田藤十郎との出会いのなかで浄瑠璃・歌舞伎に作品を提供するようになり大当たりを出すと、「近松門左衛門」の名が次第に轟きはじめる。その頃、大坂で世間を賑わせた心中事件が。事件に触発されて筆を走らせ、『曽根崎心中』という題で幕の開いた舞台は、異例の大入りを見せるのだが……。
書くことの愉悦と苦悩、男女の業、家族の絆、芸能の栄枯盛衰と自らの老いと死――芸に生きる者たちの境地を克明に描き切った、近松小説の決定版。
■著者プロフィール

松井 今朝子(まつい・けさこ)
1953年京都市生まれ。早稲田大学大学院文学研究科演劇学修士課程修了。松竹を経て故・武智鉄二氏に師事、歌舞伎の脚色・演出などを手がける。97年『東洲しゃらくさし』で小説家デビュー。同年『仲蔵狂乱』で時代小説大賞、2007年『吉原手引草』で直木三十五賞、19年『芙蓉の干城(たて)』で渡辺淳一文学賞を受賞。その他の著書に『円朝の女』『師父の遺言』『料理通異聞』『縁は異なもの 麴町常楽庵 月並の記』『江戸の夢びらき』『愚者の階梯』など多数。
■書誌
書名:『一場の夢と消え』
著者:松井今朝子
判型:四六判上製カバー装
発売:2024年8月26日
定価:2,420円(税込)
ISBN:978-4-16-391887-7