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作家・堂場瞬一と声優・谷山紀章のコラボが生んだ “朗読”という新しい読書体験

作家・堂場瞬一と声優・谷山紀章のコラボが生んだ “朗読”という新しい読書体験

堂場 瞬一,谷山 紀章

オーディオファースト作品『闇をわたる』が出来上がるまで

出典 : #文春オンライン

 アマゾンのオーディオブック「オーディブル(Audible)」からオーディオファースト作品として発表された、堂場瞬一さんの新作書き下ろし長編『闇をわたる ~警視庁特別対策捜査官』。オーディオファーストとは、オーディオブックとして音声で配信した後、書籍として出版されるプロジェクト。Audibleと文藝春秋の共同企画で、ナレーターは人気声優・谷山紀章さんが務めています。

 最初から耳で聞くことを想定して小説を書くことは堂場さんにとって初めての試み。また、谷山紀章さんにとっても300ページ超の小説をひとりで演じるのは初めてということで、収録後おふたりに『闇をわたる』について語っていただきました。(撮影=末永裕樹)

 

◆◆◆

このプロジェクトのオファーは即決でした(堂場)

 堂場 基本的に、面白そうなことや初めてのことは受けるようにしているので、このオファーがあった時、すぐ引き受けることを決めました。執筆にあたっては、オーディオファーストということを意識し過ぎないように、「新シリーズのひとつが始まるな」という気持ちで、いつもの執筆と同じように、普通に書きました。出来上がってみたら結構おもしろかったです。と自分で思ってます。

 本作品の主人公は、いわゆるセレブたちが犯罪被害に遭ったとき、窓口となって各警察署との架け橋になる「警視庁特別対策捜査官」の二階堂悠真。セレブと犯罪がテーマになっている。

 堂場 2019年に東京・池袋で起きた乗用車暴走事故などを機にインターネット上で広まった“上級国民”――その政治力や財力を利用して罪や責任を逃れることが可能とされている富裕層や上流階級、要職に就いている者たちを指す言葉ですが、その“上級国民”という言い方を聞いたとき、いま社会が本当に分断されているのか、されていないのかと考えて、そういう状況をどうやって作品の中に落とし込むかということをずっと考えていました。よく上級国民は処罰されないみたいなことをいう方もいますけど、逆に上級国民だから巻きこまれる犯罪もあるわけで、これはいろいろ書けるぞと。ずっともやもやと頭の中で転がしていたんです。

谷山紀章さんが子ども時代に読んでいたもの

 谷山 みなさんから、自分は読書家って言っていただけるんですが、本当にもうやめてくださいという気持ちで(笑)。僕はただ本がある空間が好きなだけで、読書家って一言も自分で言ったことないんです。周りが面白がってくださっていて、そういうふうな目で見られるようになりましたが。でもそのおかげでこのご縁があったのは嬉しいなと思います。

 これまで実は警察小説は積極的には読んでいませんでしたが、話題になった『ストロベリーナイト』とか『半落ち』とかは読んでました。それと小さい頃はいわゆる推理小説をよく読んでましたね。学校の図書館に、小学生向けに読みやすく翻訳されているエラリー・クイーン、ヴァン・ダイン、コナン・ドイルなどが置いてあって、当時はそういうのを読むのが流行ってたこともあってよく借りて読んでいました。江戸川乱歩とかも。

 僕はちょっと斜めに構えた子だったからか、みんながホームズを面白いって言っている時に、ダシール・ハメットの『マルタの鷹』とか、ああいうのを読んでました。小学生の頃から。

 堂場 それはかなり変な子どもだと思うよ(笑)。

 谷山 サム・スペードのダンディーさとか全然わからないのに(笑)。

 堂場 警察小説というのは、日本では比較的新しいジャンルなんですよね。海外では昔からいっぱいありましたけど、自分が学生の頃、国内の人が書いている警察小説はあまりなかった。

 谷山 今回このお仕事のご縁をいただいて、改めていまの日本の警察小説って面白いなぁと思いました。

『闇をわたる』は、一軒のラーメン店から始めて一大企業グループを作り上げた梅島満が収集していた稀覯本と時計の盗難と、総務省審議官の長男・竹本幸樹による強盗というふたつの事件が軸となる。成り上がりの辣腕経営者と、“上級国民”といわれる官僚の息子の不祥事。関係がないと思われたふたつの事件を追う警視庁特別対策捜査官・二階堂悠真はさらなる事件に巻き込まれ――というストーリー。

主人公がふわっとしたセレブ刑事になったわけ

 谷山 朗読し終えて、これはまだまだ続いていくシリーズの、あくまで第一歩だなと思いました。登場人物が多いし、主人公の二階堂悠真と、彼が今後ビジネスパートナーにしたいと目論んでいる警務課の和久井友香が話の中心になるんでしょうけど、全編読み終わった僕自身も、二階堂のキャラクターがまだつかみきれていなくて。これから堂場さんの筆で整って、定まっていくのかな、と。

 堂場 谷山さんに読まれちゃってるな。実は二階堂のキャラクターはあまり定めてないです。

 谷山 やはり! 308ページあったのに、二階堂にふわっとした印象があって。

 堂場 昔は結構ガチガチにキャラクターを固めて、シリーズ1発目から強烈にこの人はこういうキャラって出してたんですけど、最近はあんまり気にしないで、物語がするっとふわふわ変わっていく、みたいな感じにすることが多いですね。

 昔はね、刑事は「信念の人」じゃないと駄目だと思って書いてたんですよ。でもそんな人間はあんまりいなくて、みんなふわふわ生きてるんですよね。刑事だって壁にぶつかって、修正して、あっち行って、また変わる。二階堂風にいえば、「人間ってそんなものじゃないですか」と。

 谷山 現代にこの主人公像というのは共感しやすいかもしれません。セレブ担当刑事って新しいけど、意外とふわっとしてるんだとか、女性に対して意外とうまくいかないもんなんだなとかね。「信念の人」じゃないのが一つのポイントかもしれないですよね。

 

谷山さんの声でキャラクターの解像度が上がる

 堂場 この間収録を聞かせていただいたときに、谷山さんが二階堂をわりあい高い声で演じてるなと思って「そうだそうだ、こいつこういう声だ」と納得したんです。人に演じてもらって初めて、「ああ、こういう人だったんだな」って。今後は谷山さんの声のイメージで進むと思います。

 谷山 それはナレーター冥利に尽きますね。

 堂場 僕はあまり映像や音にした時のイメージで書いていないので、映像になった時や今回のAudibleで聞かせていただいて、納得するところがありました。

 谷山 物語がすごく面白かったし、畑違いの僕が言うことじゃないですが、文章が、非常に読みやすくて。だから朗読としても非常にやりやすかった。ただ、人物が多かったのは苦戦しましたけどね。

 特に女性のキャラクター。別にそこまでそれぞれ精緻に演じ分けしなくてもいいんだけど、やっぱり自分の芯は役者だから、どうしても各キャラクターに色を付けたくなるんですよ。「あれ、このキャラ、また出てきたけど、どんな声色で喋ってたっけ?」って気になってしまって。この点が今回手こずった部分ではあったんですけど。

むずかしい「会話のリアル」

 堂場 書いているときは、キャラクターごとに喋り方の癖をつけようかなと思ったんですよ。でも音として聞いたときにそれをやると、わざとらしく聞こえるんですよね。

 小説の文章って「と、誰々は言った」って書いてあるじゃないですか。それで全部わかっちゃうわけです。さらに物語の中で登場人物の口癖が続くと鬱陶しいというのがあってやめました。結果的に正解だったと思います。

 谷山 リアルな会話って、本当は驚くぐらいざっくばらんだったり、乱暴なことば遣いをしたりするじゃないですか。ところが小説にした場合、どこまでそのリアルを反映するのか、それともわかりやすく整理するのかという問題があるんだろうなといつも感じています。僕は物書きじゃないのでわからないですけど、作家の苦悩って特にセリフにあるんじゃないかな、とか。

 堂場 いつもリアルな会話を目で読んでもわかりやすくする作業をしているわけですが、オーディオブックにすると二重にひねる感じになるのかな。リアルな会話から文章として整っている会話へ、谷山さんによってもう一度リアリティのある会話になる感じで。でもオーディオブックなら話し言葉で書かれていたほうが、聴いている人にはわかりやすいはずなんですよね。

 谷山 そうですね。

 堂場 それだと小説が読みにくくなるので、どうしようかと思ったけど、結局僕はいつもどおり、文章としての会話として書きました。

 堂場 登場人物ひとりひとり演じ分けるのは大変だったでしょう。

 谷山 今回はナレーターとしてすべてを任せてもらったので、まずストーリーテラーとして演じて。そして僕は声優ですから、セリフの部分は体温の通ったキャラクター分けみたいなことを比較的色濃くやりました。

 でも、そこまでやらなくてもいい朗読というのもあるのかもしれないとも考えましたね。つまり、ここはセリフですよ、ということがわかればいいだけで、男女を演じ分けたりしなくてもいいのでは、と。でも僕は今回このような表現方法になったという次第です。

 堂場 僕の中で二階堂のキャラクターが定まらないまま、谷山さんにぶん投げちゃったという、誠に申し訳ない状況だったんですけど、結果的にはすごくいいイメージを作り上げていただいたなと。声の高さとか、まさにこういう感じなんだって僕は途中で聞いて確信しましたので、安心してこの人が二階堂ですというのを楽しんでいただけるんじゃないでしょうか。

 

 谷山 声優冥利につきます。ありがとうございます。

 物語が全部二階堂という男の一人称で書かれているので、二階堂が話を引っ張っていく形です。二階堂の心象はもちろん、他のキャラクターも二階堂の目を通して描かれているので、朗読していると、二階堂の中に自分がいるような感覚――僕は“二階堂のぬるま湯”と呼んでますが――に浸かっていたような感じがしました。でもそれは初めて体験する面白さでした。

 セリフを、各キャラクターそれなりに味付けを変えて演じてみました、というのが今回の聴きどころのひとつで、聴いてみていただけたら面白がっていただけると思うし、あとさっき言った“二階堂のぬるま湯”の没入感というか、二階堂以外のキャラクターのセリフをのぞく、物語すべてが二階堂という何か不思議な感覚が、このオーディオブックのもうひとつの聴きどころかと思います。

 

 堂場 要するに人称によって朗読した時の感じが変わる、と。一人称は、まさにずっとその人と一緒にいる感覚ですから、核心をついていると思います。

 谷山 友香だったり、二階堂の上司である乾美佳子だったりと、他のキャラクターのセリフによって物語を見る視点が切り替わることを朗読して体感しました。これは一人ですべて朗読したからこそだと思います。本当に貴重な体験でした。

 堂場 これからは朗読が小説の世界を別の次元に広げてくれるかもしれないなと注目しているんです。紙の本や電子書籍とはちょっと違う、谷山さんが話してくれたような新しい感覚が得られる点で。きっと新しい読書体験になると思います。

 谷山 みなさんにぜひ聴いていただきたいです!

堂場瞬一(どうば・しゅんいち)1963年生まれ。茨城県出身。青山学院大学国際政治経済学部卒業。2000年に『8年』で第13回小説すばる新人賞を受賞。主な著書に「刑事・鳴沢了」シリーズ、「警視庁失踪課・高城賢吾」シリーズ、「アナザーフェイス」シリーズ、「警視庁犯罪被害者支援課」シリーズ、「刑事の挑戦・一之瀬拓真」シリーズ、「警視庁追跡捜査係」シリーズなどのほか、近著に『風の値段』(小学館)、『野心 ボーダーズ3』(集英社文庫)、『ザ・ミッション』(実業之日本社)、『ラットトラップ』(講談社文庫)、『デモクラシー』(集英社)、『鷹の惑い』(講談社)、『ロング・ロード 探偵・須賀大河』(早川書房)、『守護者の傷』(KADOKAWA)などがある。

 

谷山紀章(たにやま・きしょう)山口県宇部市出身。専門学校を経て賢プロダクションへ所属。代表作は「うたの☆プリンスさまっ♪」シリーズ(四ノ宮那月)、「進撃の巨人」シリーズ(ジャン・キルシュタイン)、「文豪ストレイドッグス」シリーズ(中原中也)など多数。2005年に音楽ユニットGRANRODEOを結成。毎年全国ツアーを実施している。7月にはソロアルバム「深夜零時」をリリース、初のソロライブツアー「KISHOW LIVE TOUR 2024 『MIDNIGHT CIRCUS』」でファンを熱狂させた。趣味は読書とサイクリング、バスケ・野球観戦、お酒と多岐にわたる。

闇をわたる: 警視庁特別対策捜査官

 

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2024年9月13日 発売

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