
- 2025.06.10
- 読書オンライン
「誹謗中傷をテーマに週刊文春で連載したい!」社会派作家・塩田武士の最新長篇『踊りつかれて』出版秘話〈週刊誌の罪×SNSの罰〉
「本の話」編集部
『踊りつかれて』(塩田 武士)
『罪の声』(講談社)、『騙し絵の牙』(KADOKAWA)、『存在のすべてを』(朝日新聞出版)などで多くの読者を魅了してきた、現代を代表する社会派作家・塩田武士さん。その最新長篇『踊りつかれて』が、5月27日に発売されます。
本作のテーマは「週刊誌の罪×SNSの罰」。週刊文春で連載された当時から話題沸騰で、「息苦しいほどの“正しさ”のその先に待ち受ける〈赦されない〉社会」を描き切った問題作です。
なぜ、このモチーフで本作『踊りつかれて』を執筆するに至ったのか? 塩田さんご自身にその動機と経緯を語ってもらいました。

◆◆◆
週刊文春のオファーにガッツポーズ
2018年に〈誤報〉をテーマにした『歪んだ波紋』(講談社)を出版したのですが、読者からの反応が「面白い」「面白くない」に留まっていて、SNSやジャーナリズムという「情報」について、それをどう捉えるのかという視点での感想があまり見受けられませんでした。
私は小説にとって重要な要素は、テーマが第一で、次にストーリー、キャラクターだと思っています。なので、現代における最大のテーマである「情報」について読者に興味を持ってもらえなかったことがショックでした。
そうした自分の中での“宿題”のようなものと、2010年代の半ば頃からSNS社会にものすごく息苦しさを覚えていたこともあり、SNSや報道に関するメモ、特に「誹謗中傷」について思うところを書き溜めるようにしていたんです。
しかも、「このテーマで作品を書くなら、週刊文春で連載できたら面白いな」と、まだオファーもされていないのに、自分のなかで勝手に決めていました。なぜなら、2016年以降、週刊文春の存在感が明らかに変わっていったからです。政治から芸能まで、週刊文春の報道で世の中が動くようになっていった。私が作品を書くときに心がけているのは、「中心に飛び込む」ことなので、情報をテーマにした作品であるからには、メディアの中心となっている週刊文春しか発表の舞台は考えられませんでした。
そうやって一人で構想を温めていたところ、ほどなくして、知り合いの文藝春秋の編集者から「週刊文春で連載しませんか」とお話をいただいたんです。待ってましたとばかりにガッツポーズしたものの、週刊誌批判を含んだ内容にするつもりだったので、ゴーサインが出るかわからない。そのときには、「週刊文春ならではの連載にしますね」と言葉を濁して、内容は秘密にしていたんです。

黒澤明の『七人の侍』作戦で連載にゴーサイン
その後、本格的に連載に着手することになり、連載班のデスクが、私の自宅がある京都まで来ることになりました。まだ何も打ち明けておらず、私が取った作戦は、序章にあたる「宣戦布告」を先に書き上げて、デスクが新幹線に乗り込むタイミングでメールを送りつけることでした。考える隙を与えたくなかったんです。それに「面白い」「続きが気になる」と思ってもらえれば、こっちの勝ちですから。
■<序章 宣戦布告>から一部公開
よく聞け、匿名性で武装した卑怯者ども。
SNSなんてなくなればいいのにな。えっ、ダメ? 余計なこと言うなって? そうだよなぁ。やっとおまえら権力者になれたもんな。炎上させて誰かが何かを諦めたときに、社会を変えてやったと実感できるもんな。そうやって表面的な正義感で研いだナイフで、悪意の塊でつくった毒で世直ししてるもんな。
やっぱり俺は週刊誌とおまえたちを赦せない。
だからやってやるよ。俺には俺の、ケジメのつけ方ってもんがあるんだよ。
これから重罪認定した八十三人の氏名、年齢、住所、会社、学校、判明した個人情報の全てを公開していく。
八十三なんて数字は氷山の一角に過ぎない。だが、図に乗ってると、次はおまえの番になるから肝に銘じておけ。
明日にはおまえたちの人生はめちゃくちゃになっている。
せめて今日を楽しめ。あばよ。 (本文より一部抜粋)
黒澤明の『七人の侍』作戦です。この作品は、予定されていた制作期間と制作費が超過してしまい、早期完成か打ち切りを迫られていたのですが、黒澤が粗編集の試写を映画会社の幹部に見せたところ、「面白過ぎて続きを見たい。お金がかかってもいいから作ってくれ」と言わしめて世に出た映画です。
実際にデスクからは、「面白いから、これでやりましょう!」と言ってもらうことができました。週刊文春って意外と懐が深くて、王道のジャーナリズムというよりも、「何でも面白がる」精神が根付いているように感じます。でなければ、週刊誌連載で週刊誌批判をするなんてできないでしょう。

3年かけて書き溜めたメモを使い果たした本作ですが、伝えたいという気持ちを超え、読者の方々と物語を共有したいと思ったのは、作家になって初めてのことです。読んでいる間に腹を立てたり、罪悪感を覚えたりするかもしれませんが、「自分はいかに悪意と向き合うか」を考えずにはいられない、迫真の小説を目指しました。思う存分「現代」を味わっていただきたいです。
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