- 2022.07.12
- インタビュー・対談
「『お姉ちゃんの“現実”ってほとんどカルトだよね』で物語が広がって」世界への“信仰”を揺さぶる村田沙耶香の最新作
竹花 帯子 (ライター)
村田沙耶香さんインタビュー#1
ジャンル :
#小説
村田沙耶香の最新短篇&エッセイ集『信仰』が刊行された。表題作「信仰」が2021年シャーリー・ジャクスン賞にノミネートされるなど、海外でもますます注目を集めている村田さん。私たちが疑いなく信じている「現実」を揺るがす8つの作品についてインタビューした。(全2回の1回目。続きを読む)
「安全で正しい世界」の恐ろしさ
「お姉ちゃんの『現実』って、ほとんどカルトだよね」
私は妹の意味不明な言葉に首をかしげた。
「え、何言ってるの? カルトの手口に陥りかけてるのはあんたじゃない。私はこんなに! こんなに! 私、あんたのためを思って言ってるのに!」
――この小説は「現実」を愛する主人公・永岡が、同級生の石毛からカルト商法に誘われるところから始まります。永岡は同じく同級生だった斉川を教祖に仕立てようとする石毛の悪巧みを止めようとしますが、思わぬ展開に驚かされました。
村田「信仰」は「Granta Online」からの依頼で執筆しました。先方からとくにテーマの依頼はなかったのですが、当時は、なんとなく信仰について考えていた時期だったのだと思います。
喫茶店で執筆していると隣のテーブルでいろいろな勧誘が行われていることがよくあるんです。「あ、勧誘だ」って気がつくと、勧誘されている人に「騙されないで」「がんばって」と心の中で呼びかけてしまう。でも、それってあくまで自分の「安全で正しい世界」を押し付けているだけで、もしかしたら傲慢かなと思うことがあるんです。
例えばアルバイト先や大学などで、誰かが勧誘されて、その世界に行ってしまったとき。学校を辞めようとしていたり借金を重ねている友達のことが心配になって必死に説得している自分に、どこかで危うさや奇妙さも感じていて。
「あなたは今、間違っているものに洗脳されているだけで、本当はこっちが正しいんだよ」と、まるでこちらが勧誘しているような感じが、少し怖いんです。相手にとってやっと出会ったのかもしれない大切なものを踏みにじって、自分が信じている現実こそが正しいんだよと、こちらの判断でそのひとの精神を弄ろうとしているような気持ちになるときがあります。
――「原価いくら?」と友達や妹に「現実」の正しさを勧め続ける永岡は、なにかを恐れているようでもあります。一方、斉川さんは「天動説セラピー」を信じることでどんどん解放されていく感覚がありました。
村田 昔、地球は平面だと信じている男の人が、それを証明するために自作ロケットで飛んでいったというニュースを読んだんです。そのとき、自分は地球は丸いと教えられてきたから信じているのであって、「地球は平面で端っこは氷の壁だ」と言われて育ったら、私もそれを信じていたかもしれない、と思いました。そのイメージもあって「天動説セラピー」を書いたのかもしれないです。
私は登場人物がどうなるのか、何を言うのか、いつも決めないで書くのですが、妹が「お姉ちゃんの『現実』って、ほとんどカルトだよね」と言ったとき、彼女の「自分の信じた世界を生きたい」という祈りのようなものが、とても切実に感じられて。この一文から物語全体が広がりました。
斉川さんは誰よりも「信仰」を大切にしている人で、妹は自分の世界を信じたいという気持ちがある人。主人公の永岡も、ある種の信仰心で、彼女が「現実」と呼んでいる世界を熱心に布教しようとしています。それぞれの切実さがあると思うのですが、なぜかところどころの描写がコミカルになってしまって……(笑)。私自身は、彼女たちそれぞれに愛しさのようなものを感じていました。
動物だったころの人間が気になる
生存率とは、65歳のときに生きている可能性がどれくらいか、数値で表したものだ。今の時代、お金さえ払えば大抵の病気は子供の頃に治せてしまうので、生存率は本人が得るであろう収入の程度の予測とほぼ比例している。
――「生存」とその次の「土脉潤起」はどちらも「野人」になる/なった女性が登場します。これらはひと続きの物語なのでしょうか?
村田 実はあまり関係がないんです。「生存」は「Granta」の元編集長だったジョン・フリーマンさんからの依頼を受けて、「地球温暖化と社会的な不平等の相互関係」というテーマで書いた小説です。「土脉潤起」は「歳時記」をテーマに書いたもの。同じモチーフが登場することは、本になるまで気づきませんでした。二度も書いているということは、よっぽど、もっと動物だった頃の人間とか、野生に生きるという想像が深層心理の根底にあるのかもしれないですね(笑)。
――「生存」は生存率を数値化するという悪夢のような、でももしかしたらあり得てしまうかもという設定です。
村田 小説を書きながら、数字で表さないだけで、本当は私たちに「生存率」はあるんじゃないかと感じていました。どんな教育を受けたとか、毎日の食事の内容だとか、住んでいる場所が温暖化の影響で危険になる可能性があるかとか、その人がどんな検査や医療を受けられるか。いろいろな要素から、その人の命のリスクが違っているという感覚が、ニュースで見たときよりも、実際にその数値を突きつけられながら生きている主人公たちを書いていると生々しく感じられました。
テーマをいただくまではここまで突き詰めて考えていなかったけれど、書くことでより一層切実で残酷な問題として考えるようになりました。
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