東野圭吾の小説を原作とする映画「ブラック・ショーマン」が9月12日から全国公開される。東野圭吾×福山雅治のタッグといえば、「ガリレオ」シリーズを思い浮かべる人も多いかもしれない。
そのイメージを打破すべく、福山雅治は、新たなダークヒーローにどのように挑んだのか――。エンターテインメントへの強烈なこだわりを語ってくれた。
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不可思議な難事件を解決に導く天才物理学者・湯川学を福山雅治が演じた「ガリレオ」シリーズ。映画「容疑者Xの献身」や「沈黙のパレード」も大ヒットを記録した。そんな巨大シリーズの舞台裏で、福山はある「妄想」を膨らませていたという。
湯川学が「ダークサイド」に堕ちたとしたら


「『ガリレオ』で天才物理学者・湯川学というキャラクターを長く演じさせていただいたなかで、僕は人知れず妄想を楽しんでいました。
あくまでも作品内の出来事としてですが、彼ほどの明晰な頭脳を持つ人が、もしもダークサイドに堕ちたらどうなるんだろう、という妄想です。柴咲コウさん演じる内海薫を主演として描いた『ガリレオXX 内海薫最後の事件 愚弄ぶ(もてあそぶ)』に、少しだけ『湯川さん』も出演しているんですが、西谷弘監督から『ちょっと不気味な湯川さんを演じてほしい』というリクエストがあって。誰もいない研究室で一心不乱に数式を書く場面がありました。このときから、『正義の人である彼が、ダークサイドに堕ちたらどうなるんだろう』という考えを持ち続けていました。
そんな流れもあって、東野先生とお食事している時に『ダークヒーローを描くとしたらどんな作品になるのでしょうか』と言ったのかもしれません」
映画「ブラック・ショーマン」公式サイトには、東野圭吾のこんなコメントが掲載されている。
「新作を書くにあたり、どんな主人公にしようかと考えていた頃、福山雅治さんから、『ダークヒーローを演じてみたいんです』と聞きました。なるほど福山さんの悪党なら是非見てみたいと思ったのが、『ブラック・ショーマン』執筆のきっかけです。主人公は人格者でも正義漢でもなく、人を騙す快感だけを求めて行動します。兄殺しの謎を追うにしても、まともな手段は取りません。福山さんの悪党ぶりが今から楽しみです。そんな主人公に振り回される有村架純さんの演技にも期待大です。名コンビ誕生を心よりお祝いいたします」
映画の原作となる『ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人』(光文社文庫)の主人公は神尾武史。かつては、ラスベガスで「サムライ・ゼン」として名を馳せた元マジシャンで、現在は恵比寿でバー「トラップハンド」を経営する。金にシビアで、嘘をつくことを躊躇しない。鋭い観察力とマジックの技術を駆使して、自分の知りたい情報を得る。
物語は、武史の兄、英一(仲村トオル)が自宅で絞殺される事件から始まる。結婚直前だった英一の娘・神尾真世(有村架純)は父の突然の死を受けて、実家に帰省。そこで、疎遠だった叔父・武史と再会する。武史の言動に振り回されながら、事件の真相に迫り、過去の因縁を解き明かしていくというストーリーだ。
ダークヒーローの存在感を支えてくれた有村架純

「東野先生とともに、ガリレオという作品に挑み続けた道は、憚りながらですが、ジョージ・ルーカスとスティーブン・スピルバーグが組んだ映画『インディ・ジョーンズ』に対して寄せられる、一大エンターテインメント感を背負って、予想は裏切るが期待は裏切らない、という道のりでした。
今回の映画『ブラック・ショーマン』はガリレオとは全く違う作品。原作は上質なミステリー。神尾武史は息を吐くように嘘をつく “口の達者な人”で、『この人は何を言っているんだろう?』という発言から入って、いつの間にか『知りたい情報』を引き出すような手品的な会話劇が展開されます。面白くもあり、どこか怖さもあるキャラクターに魅了されました。ただ、この神尾武史の存在感は現実的かというと、非現実的な部分も多々あります。
その非現実と現実を繋いでくれて、作品にリアリティを与えてくれたのは、真世役の有村架純さんのお芝居と佇まいでした。結婚を前に突然、父を亡くした悲しみをこらえて、叔父と真相解明のために調査をするというのは、とても難しい設定です。深い悲しみの中にある真世が、人の神経を逆撫でするような武史の行動や、警察を出し抜き、関係者を欺く、彼の思考回路についていけるの?と思われるでしょうから……。
父親役の仲村トオルさんの写真を、携帯電話の待ち受け画面にしながら、撮影に臨んでいたということをうかがって、有村さんの表現力は、確かな実力と入念な準備によってできているんだと感嘆しました」
「悔しさ」をばねに。マジシャン役ならマジックは完璧に!

今作で、福山雅治はマジックにも挑んでいる。監修のマジシャンKiLa氏から手ほどきを受け、撮影に入る2、3カ月前から練習に取り組んでいた。撮影を細かく分けて編集をする「カット割り」でマジックシーンを表現するのではなく、あくまで「ワンカット」にこだわったという。
「映画『ブラック・ショーマン』のダークヒーローを演じる際には、キャラクターが纏う雰囲気『ムード』にこだわりました。神尾武史という人物のムードを作るためには、『手技』が大切でした。
例えば、刑事という役柄であれば、捜査をする場面だけではなく、オフの時でも刑事に見えるかどうかが大切です。神尾武史であれば、実際にカメラの前でマジックを披露することよりも、カメラが回っていないところでも、マジシャンとしての雰囲気を醸し出せるかどうかが重要でした。
マジック監修のKiLaさんは『まずはコインロールをマスターしましょう。でもこれは、小学生くらいからやっていないと難しいんですよね』と……。そんなことを言われたら、まぁ、悔しいじゃないですか(笑)。そこから雨の日も風の日も、ライブ会場でも歩きながら、ひたすらコインを回し続けました。
予告編で流れている、口から免許証を出すカードマジックも毎日必ず練習するようにしました。ま、仕事なので当たり前ですが(笑)。先日、プライベートの買い物でお会計をする際に、クレジットカードの出し方にやたらキレがあったようで、『福山さん、映画でマジシャン役なんでしょ。普段から役に入られているんですね』と笑われちゃいました」

インタビュー中にはこんなことも。
「特別サービスです」と宣言し、取材陣の前でコインロール、コインを一瞬で消し去るリテンションバニッシュを披露。インタビュアーのクレジットカードを飲み込んで、口から出すなど、様々な手技を魅せてくれた。
トップスターが纏うオーラが消え、「息を吐くように嘘をつく」どこか怪しげな元マジシャン神尾武史が、そこにいた。
福山雅治にとって、東野圭吾とは
2007年のドラマ「ガリレオ」以来、長きにわたって親交を深めている作家・東野圭吾は、福山雅治にとってどんな存在なのか。
「日本の作家史に残るのは当然ながら、世界的にみても、巨大な作家さんであることは間違いないです。しかし同時に、僕がそばで見てきた東野先生は『市井の人』でもあるんです。一生活者であることと、世界中で読まれる大作家であることの共存と振れ幅。そこに不思議さと凄みを感じます。そして何より、人情味あふれるお人柄。

育ってこられた環境や日常の暮らしのお話を伺っていると、人と人との結びつきを当たり前に大切にされているなと感じています。僕はと言えば、盆暮れ正月や家族旅行、そういう当たり前のことが実はあまりできていない。忙しさを理由にして、普通だったら参加するようなことに参加できていないことへのうしろめたさがずっとあるんです。
東野先生の作品に出てくる人は、主人公に関してはキャラクターが際立っていると思います。湯川学という天才物理学者であり、かつ『結果的に名探偵』という人物像は紛れもなく発明だと思っています。しかし、他の登場人物たちは、いい意味でありふれた日常を暮らしている。その心の機微が描けるのは、先生が、日々の人付き合いをごく自然にやられているからだろうなと拝察しています。
『沈黙のパレード』であれば、湯川と大学時代からの同級生である草薙俊平との友情。『ブラック・ショーマン』であれば、神尾武史が兄に対して感じている恩義、姪・真世を『自分が守る』という確固たる意志。彼が持つ『大切な人への情』が読者や映画を観に来てくれた方々の心に迫ってくるのも、先生が日常の暮らしを大切にしているからだと思います。
一方で、先生は物理学を学ばれていたので非常に論理的で、物事をロジカルに分解し、後に組み立てることができる方でもある。この両軸が東野作品の面白さだと僕は思っています。
少し話はそれるかもしれないですが、偉大なアーティストが生み出す作品の『届け先』というのは、例えばジョン・レノン、例えばゴッホ、誰か1人のために創作をしているという面もあると思います。それが何百万人、何千万人の心に届く。さらには、時代を超えて、人の心を揺さぶり続ける。先生を間近で見ながら、東野作品を読んでいるとそんな風に感じることがあります」
アーティスト福山雅治の「振れ幅」
この撮影とインタビューが行われる2日前、福山雅治は故郷・長崎にいた。長崎市に原爆が投下されてから80年となる2025年8月9日、市内の山王神社に現存する「被爆クスノキ」を題材にした楽曲「クスノキ―500年の風に吹かれて―」を市民5000人とともに合唱したのだ。「長崎の人間として、命の大切さや平和を伝えていくこと」が自らの使命であると福山は考えている。
故郷から平和の祈りを発信し、映画「ブラック・ショーマン」の主演俳優、テーマソング「幻界」の作曲家として活動し、同時にデビュー35周年記念の全国ドームライブ「FUKUYAMA MASAHARU 35TH ANNIVERSARY DOME LIVE 2025 // SOUL」のステージに立っている。自らの「振れ幅」の大きさについては、どう感じているのだろうか。
「僕は 『一個人である僕』と、皆さんが認識してくださっている『福山雅治』という存在をなるべく切り離すように心がけています。そして僕はスタッフの皆さんと共に『福山雅治という存在を操舵する人』の一人なのだと。エヴァンゲリオンを中から操っているような感覚と同時に、離れた管制塔から操舵されている福山雅治を見ている、という感覚ですかね」
「ガリレオシリーズ」最新作「日常る(つづける)」が週刊文春で掲載中
福山雅治にとって「日常」とは
福山雅治の撮り下ろしグラビアとインタビューが掲載される「週刊文春」9月11日号から、東野圭吾のガリレオ最新作「日常る(つづける)」の短期集中連載(全4回)がスタートする。
福山雅治にとって「日常」とは――。
「努力と、努力しないことの共存です。何もしなくても明日はやってきますが、ほんの少しでも努力をしていないと、日常を維持できない。ある緊張感がないと壊れてしまうのが日常なのでは、と」

INFORMATION
「ブラック・ショーマン」
https://blackshowman.jp/
9月12日(金)全国公開
原作:東野圭吾『ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人』(光文社文庫)
出演:福山雅治、有村架純
成田凌 生田絵梨花 木村昴 森永悠希 秋山寛貴(ハナコ) 犬飼貴丈 岡崎紗絵
森崎ウィン 丸山智己 濱田マリ 伊藤淳史 生瀬勝久 仲村トオル
監督:田中亮
©2025映画『ブラック・ショーマン』製作委員会
