書評

ショッキングな展開のシリーズ第四弾
「天保の改革」を丸ごと描いた傑作

文: 細谷 正充 (文芸評論家)

『再会 あくじゃれ瓢六捕物帖』 (諸田玲子 著)

 また、本シリーズは連作のスタイルを採っており、本書もこれを踏襲している。しかし一方で、本書とそれに続く第五弾『破落戸(ごろつき)』で、天保の改革を巡る、ひとつの大きな物語にもなっているのだ。サブタイトルに“あくじゃれ瓢六捕物帖”と記され、たしかにミステリーのテイストはあるが、市井の事件を同心や岡っ引きが追うような、一般的な捕物帖シリーズとは違った内容なのである。

 これに関連して、書誌的なことを書いておきたい。本書『再会 あくじゃれ瓢六捕物帖』は、「オール讀物」二〇一一年九月号から一三年三月号にかけて、三ヶ月に一回掲載された。単行本は『再会 あくじゃれ瓢六』のタイトルで、二〇一三年七月に刊行。そう、この時点でサブタイトルに“捕物帖”は入っていなかったのだ。実は、単行本の時点で、サブタイトルに“あくじゃれ瓢六捕物帖”と付けられていたのは第三弾の『べっぴん』だけであった。牽強付会かもしれないが、そうした混乱から察せられる作品のふり幅の大きさが、本シリーズの特色を表していると思われる。

 これに関連して、注目したいことがある。作者の初期作品には時代ミステリーが多く、その点について直に聞いたことがある。ところが、ミステリーに特にこだわっているわけではなく、「人間ドラマを書きたい」といっていたのだ。翻って、本シリーズを見れば、主人公の設定に凝った捕物帖シリーズのスタイルでありながら、同時に重厚な人間ドラマにもなっている。本書と『破落戸』は、その人間ドラマの方に、重点を置いている。そこに大きな読みどころがあるといえよう。

 その一方で、各話の面白さも抜群だ。「甲比丹」での、偏屈老人を敵の魔手から守る方法は、なんとも痛快である。あるいは「縁者」で、柳亭種彦の悲劇の裏に隠された愛憎心理に、作者の深い人間観察を感じ取ることができた。本書だけ読んでも満足できる、素晴らしい一冊なのである。もっとも、奈緒が仕える人物の正体や、瓢六が奈緒に寄せる思慕の行方など、気になるポイントがありすぎて、『破落戸』を手にせずにはいられないはずだ。

 さらに付け加えるならば、実在の人物や事件を絡めて、天保の改革を丸ごと描いたところも、本書の美質である。柳亭種彦や高島秋帆といった、直接的な関係者は当然として、勝小吉と麟太郎を投入し、物語を膨らませたのは、優れた小説技法である。そういえば作者には、勝海舟の妹を主人公にした『お順 勝海舟の妹と五人の男』(現文春文庫『お順』上下)という歴史長篇もある。その後の麟太郎が登場するので、本書と併せて読んでみるのも一興であろう。

 なお、今年(二〇一六年)は、作者のデビュー二〇周年に当たる。すでにベテラン作家といっていい作者だが、三月に、史実をベースにした時代ミステリー『風聞き草墓標』を上梓するなど、意欲的な作品を発表している。この調子で今後も、旺盛な執筆が続いていくことだろう。だからこそ、期待してしまう。五十路になった瓢六と再会できないかと。これから益々、幕末の動乱へと向かう江戸である。瓢六の出番は、いくらでもあるはずだ。そんな主人公の活躍を、待っているのである。

再会 あくじゃれ瓢六捕物帖
諸田玲子・著

定価:本体690円+税 発売日:2016年07月08日

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