私が初めて諸田玲子を取材したのは一九九九年のことだった。
次郎長の子分の小政を主人公にした『空っ風』などが話題になり、新鋭の女性作家として注目されていたころだ。直接には『誰(た)そ彼(が)れ心中』という時代ミステリーが刊行されたのをきっかけにしたインタビューで、都内の自宅マンションに訪ねたのだったと思う。
謎めいた雰囲気が漂う作品だったが、諸田は「カトリーヌ・アルレー(フランスの女性ミステリー作家。『わらの女』の作者)のような心理サスペンスの雰囲気を持った時代小説を書きたかった」と思いを語っていた。それは現代とクロスする時代小説という意味でもあったのだろう。新しい感覚を持った時代物の書き手が現れたことを実感した。
早いもので、あれから十五年経った。着実に執筆を続け、今や、この国の代表的な女性時代小説家の一人といえるだろう。
多彩な諸田作品にはいくつかの系列があるが、大きく二つを挙げられるだろうか。一つは「あくじゃれ瓢六捕物帖」や「お鳥見女房」「天女湯おれん」「狸穴あいあい坂」などのシリーズものだ。人情あり、恋愛あり、事件あり。小説雑誌で連載され、多くの読者を連作短編の楽しみにいざなっている。
もう一つは歴史の大きな流れとがっぷり四つに取り組んだ長篇小説だ。女性を主人公にして揺れ動く社会をとらえ、喜怒哀楽が交錯する人間模様を浮き彫りにする。女性の側から見た権力闘争のうねりや、女性の生々しい情念、時代が生み出す倫理観、新しい史料に基づいた斬新な歴史観が味わえるのだ。
この『お順』は後者を代表する雄篇の一つといっていいだろう。幕末・維新を舞台に、勝海舟(麟太郎)の妹、お順を中心にして、物語が展開していく。
お順を視点に選んでいることから、二つの楽しみが読者にもたらされる。一つはお順の生きる姿が一本の軌跡を刻んでいて、それをたどる面白さだ。もう一つは、お順の目に映る光景を通じて歴史を眺められる興味深さだ。
お順は、人に媚びない江戸っ娘だ。愛想笑いをせず、少し人見知り。でも、芯がしっかりとした女性で、実は気性が激しい。義理と人情に厚いのは父親の小吉譲り、偏見にとらわれないのは兄の海舟に似ている。強いパッションの持ち主で、全篇にわたって、この性格は揺るがない。
そんなヒロインがひかれるのは「一番の男」。なにものもはねのけ、毅然と我が道を歩いてゆくような強い男だ。
恋愛を描いたら、特にさえるのが諸田玲子の筆だ。恋愛とは理屈を超えた心の動きであり、男も女も大きく動かす力を持っている。生きていく根っこから発する情動なのだ。その人間の世界との接し方も、人生に対する姿勢も、性の欲望も、すべてからまっている。この微妙な案配を実に艶々しく描くのも諸田作品の魅力になっている。
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