諸田玲子の読者にとって、二〇〇一年という年は特別だった。
のちに著者の看板となるふたつのシリーズ――「お鳥見女房」シリーズ(新潮文庫)と「あくじゃれ瓢六」シリーズ(文春文庫)の第一作が、ともにこの年に出版されたのだから。
実は時代小説界全体で見ても、この二〇〇一年は転換点だったと言っていい。
女性時代小説家による市井もののシリーズの草分けは平岩弓枝「御宿かわせみ」(毎日新聞社→文藝春秋・一九七四年~)で、長い間ひとりで屋台骨を支えてきた。そこに北原亞以子「深川澪(みお)通り」(講談社・一九八九年~)、「慶次郎縁側日記」(新潮社・一九九八年~)、宇江佐真理「髪結い伊三次(いさじ)捕物余話」(文藝春秋・一九九七年~)と、シリーズを書く女性作家が少しずつ増えていく。
そしてこのジャンルが一気に花開いたのが、二〇〇一年である。
畠中恵「しゃばけ」(新潮社)、築山桂(つきやまけい)「緒方洪庵・浪華(なにわ)の事件帳」(鳥影社→双葉文庫)、杉本章子「信太郎人情始末帖」(文藝春秋)、そして諸田玲子の「お鳥見女房」「あくじゃれ瓢六」といった錚々(そうそう)たるシリーズの第一作がそろって、二〇〇一年に登場したのだ。なんとも贅沢で壮観な顔ぶれではないか。平岩弓枝、北原亞以子、宇江佐真理らが大事に育ててきた〈市井シリーズもの〉はこの年に大きく飛躍し、押しも押されもせぬ一大潮流となったのである。ちなみに、文庫書き下ろし時代小説のシリーズが大きく動き出したのも二〇〇〇年前後だ。まさに「節目」の時だったことがお分かりいただけるだろう。
だがこれら作品群の中でも、「あくじゃれ瓢六」は少々趣を異にする。そこに、諸田玲子がこのシリーズに込めた思いが現れているのだ。