「この『あくじゃれ瓢六』シリーズは、私にとって初めての捕物帳で、最初の頃は主人公の瓢六はまだ二十代。彼が牢屋に入ったり出たりしながら、色んな事件を解決するのを、楽しみながら書いていました。でも、折々に書き連ねてきて十数年経つ中で、話は少しずつ変化してきたように思います」
もともと長崎出身の阿蘭陀通詞にして、唐絵目利きをしていた瓢六は、抜群の色男で、滅法、知恵もある。江戸で身を持ち崩して一度は小伝馬町の牢に入ったものの、そこで難事件を解決したことをきっかけに、北町奉行所の篠崎弥左衛門のもとで仲間たちと働いていた。大きな転機になったのが、第四作の『再会』。何と大火事で恋人のお袖が犠牲になっていたことが、突然、明かされたのだ。
「愛する人を失った瓢六が喪失感を抱いていて、そこから立ち直るために、あえて大きな事件、巨大な敵に立ち向かう物語を『再会』と、五作目の『破落戸』では続けて書きました。シリーズは完結したと思っていたのですが、表面的に事件が解決していても、まだ瓢六の心は落ち着きを得られていないんじゃないかと……」
瓢六のその後が気になりだした頃、山本周五郎、藤沢周平作品の解説の依頼が続けてあった。それらをじっくり読み返すと、いつの時代も人の気持ち、心の動きは変わらないことに改めて気づかされたのだという。
「実は私の母が亡くなり、静岡の実家を処分したこともあって、『わが家って何だろう?』『ふるさととは?』と、考えるようになったんです。こういったことも、今回の『想い人』に投影されていきました」
瓢六がかつて住んだ冬木町の家にある梅の木を、じっと見ていたという女――死んだと思われていたお袖が、実は生きていたのではないかという情報がもたらされ、瓢六は、再び江戸で起こる事件と関わるようになる。誘拐や仇討など、解決に奔走しつつ、彼が本当に捜し続けているものはどこにあるのか。
「四十三歳になった瓢六はずいぶん年も取り、自分では何も出来なくなったと思い込んでいる。それでも周りからみたら、苦み走ったいい男だと思うんですけど(笑)、若い頃アウトローで悪ぶっていた瓢六が、年齢を重ねてそれだけ大人になった。登場人物たちが人の痛みを解るようになって、ここからが人生の本当のスタートなのかもしれません。作者の私も読者の方も同時に年齢を重ね、自分にとって大事なものに気づかされる一冊になっていたら嬉しいですね」
もろたれいこ 一九五四年静岡県生まれ。外資系企業勤務の後、九六年『眩惑』でデビュー。二〇〇三年『其の一日』で吉川英治文学新人賞、〇七年『奸婦にあらず』で新田次郎文学賞ほか。
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