「あいつはにおう」

 なうての不動産業者がよく使う言葉だ。金儲けがうまいことを意味する。「金のにおいがする奴」が生き残り、「しない奴」は相手にもされない。

 最近、このにおいがやたらとキツくなってはいないか。

 不動産業界で取材を始めて、23年になる。

 はじまりは25歳で入社した業界新聞社で、約12年勤めた。退職後、37歳で会社を興し今年で12期目に入る。この間、不動産・建設の世界で生きる人々を取材し、記事を書いてきた。

 今ほど家が買えなくなったことを痛切に感じ、また疑問に思うことはない。

 分譲マンションは完成する前に二度も三度も転売され、そのたびに数千万円が上乗せされて売買されている。それに誘導され、都心部の中古マンションも値上がりし、急激な値上がりが始まった2021年から4年で1.8倍ほど上がった。3倍近く高騰した物件もあった。

 都内の新築タワーマンションの販売所には人が押し寄せ、最高で1000倍という倍率がついた。東京から1000キロ離れた北海道のスキーリゾート・ニセコでは造成された山に建つ別荘に、おおよそ30億円の値がついた。値段もつかなかった原野が、1億円以上で取引された。

 いったい、誰が買っているのだろう。

 立ちこめるにおいの強さと、見えない購入者の存在を、私は考え始めた。

 そんな時、「香港には200億円の一軒家が当たり前にあるよ」と知人から言われた。本当なのか。住んでいるのはどんな人で、何をして稼いでいるのか。そこから、私の旅は始まった。これまで経験したことがない不動産高騰の理由を、知りたいと思った。

 旅のはじめに、私はひとつのルールを自分に課した。

 自分の足で現地を歩き、自分の目で見て、話を聞き、それを記録することだった。

 香港から帰国すると、見えなかったものが少しずつ見えるようになった。

 例えば、東京の湾岸エリアに建つタワマンで複数の部屋のベランダに、中国国旗が掲揚されていた。港区にある小学校正門前に停車した送迎用のロールス・ロイスやベントレー、マイバッハのナンバーに「99-99」が多かった。9は、中国で縁起がいいとされる数字だった。

 バブル崩壊後、下落し切った国内不動産をさらったハゲタカファンドとは明らかに違う、中華系の小資本あるいは一族経営の人々が、不動産購入の主役になっていた。

 それから1年にわたって、私は、香港、上海、ロンドン、ロサンゼルス、北海道、宮城、栃木、群馬、東京、千葉、神奈川、長野、大阪、静岡、愛知、岐阜、三重、広島、島根、徳島、福岡、熊本、大分、長崎、鹿児島、沖縄を歩いた。どんな顔をした人々が、誰に手ほどきを受け、どんなふうに情報や資金をやり取りし巨額の不動産を買っているのか。

 取材の過程で、「逃資(とうし)」や、「フリーライド」、「内巻(ネイジュアン)」という言葉も知った。

「逃資」は、中国から日本に資金を逃すという意味の造語で、「フリーライド(=ただ乗り)」は、外国資本が、日本の整ったインフラや、治安の良さを享受して商売することをいう。

「内巻」は、中国国内の厳しい生存競争を指し、彼の地から逃げ出したいと願う人々のことを意味した。住む場所だったはずの不動産が、資産として持っておくべきものに変わり、本国を追われた時の逃げ場所になっていた。

 中国、そして日本各地を歩き回りわかったことが、五つある。

1 日本の不動産を爆買いする資金は、香港や台湾、中国本土からの「逃資」であること。

2 日本の不動産はいまだに割安で、安全性が高いだけでなく、外国人でも合法的に、簡単に手に入れられること。外国人投資家は日本の商慣習や法律を、日本人以上に知り尽くしていた。日本で不動産を持つことは、いつでも来たい時に日本に来るための「入場チケット」なのである。

3 おおよそ30年前、日本人が引き起こした香港の不動産バブルが現在の混乱の遠因になっていること。短期間に吊り上がった香港不動産の高騰は現地に新たな富裕層を生み出し、そうした富裕層が今、日本の不動産を買っている。

4 日本の不動産高騰の一因に新型コロナウイルスの対策として政府が始めた無利子・無担保の「ゼロゼロ融資」があったこと。この融資で余剰資金を得た中小企業が投資目的で不動産を買っていた。コロナ融資によって生き延びた法人が不動産の買い手となり、しばしば居住用にマンションを買おうとする人々を押しのけた。

5 北海道のニセコエリア、大阪の難波と西成に近い飛田本通商店街、タワマンが立ち並ぶ東京湾岸の勝どき地区に「ちいさな中国」ができあがっていたこと。経営者も、スタッフも、客も皆中国人だった。地元の不動産会社さえ知らないうちに、中国経済網は日本の原野、シャッター街、タワマンなどでじわじわと広がっていた。そこでは、日本不動産は、日本人だけのものではなくなっていた。

 ともかく私は歩き、書いた。

 外国人の不動産購入に対し、政府はようやく動き出した。しかし、実効性はあるのか。また、排外主義に陥ることはないのか。本書には、土地や建物を買う人々が次々と出てくる。人間の欲望とそれによって動く不動産の話を当事者から直接聞き、まとめた。まずは投資が行われる現場の実態を知ってほしい。そしてあまりに無防備な日本不動産の現状を伝えたいと思う。


「はじめに」より