時代が振りかざす欲望に翻弄され、疲れ果てた先に麻生競馬場が目撃したもの。図らずも『令和元年の人生ゲーム』が照らし出した希望とは――?
麻布競馬場が、新社会人となるあなたにいま贈りたい言葉。
「働き方改革」後も、生活は何も変わらない
その日も、僕を含むチームメンバー4名は午前5時まで作業して資料をどうにか完成させ、朝刊を配り終えると「令和もよろしく」と冗談を言い合ってタクシーで帰宅していった。
「何も変わってないじゃないか」と呟いて、僕はタクシーの中で小さく笑った。数年前には過労を原因とした痛ましい事件が起き、世の中のあちこちで「働き方改革」が叫ばれていたけど、しかし少なくとも僕は、日本経済の弱々しい回転をせめて止めないために連日朝まで働いている。ここ数年の間に僕の周囲で生じた変化といえば、人が少しずつ「消えてゆく」ことくらいだった。苛烈な労働に耐えかねて、同僚がひとりずつ体か心を壊し、オフィスから消えてゆく。欠員を埋めたところでどうせすぐに潰れるから補充もされなくなり、あとは生き残った精鋭というか、心の麻痺した人たちだけがチームに残り、いなくなった人たちへの呪詛を楽しそうに吐き合いながら朝まで働く。その繰り返し。

平成生まれは”競争の子”
「遅くまでお疲れ様です」と運転手に言われて、「ほんとにそうですよ」と、タクシーを降りながら僕はまた小さく呟いて笑った。シャワーを浴びて、少しだけ仮眠を取って、数時間前まで着ていたものとは別のシャツとスーツを身に着けて出社をして、役員たちに資料説明をして回って、また資料を直して……。自宅のマンションの扉を開けると、1Kの部屋の大きな窓から朝日がさらさらと差し込んでいた。その場違いな美しさに優しく照らされたとき、僕の平成は永遠に終わらないのだという残酷な予感がした。
僕だけではない。僕たち平成のはじめに生まれた子たちはみな、競争の子だ。バブルの弾けたあとの経済的焦土で、せめて自分だけはどうにか幸せになろうとして、「ナンバーワンにならなくていい」という優しい歌のメッセージを素直に信じた同級生たちを置き去りにして、少しでも遠くへ、少しでも良い場所へと走り去っていったズルい子どもたちの成れの果て――それがきっと、僕たちの正体であるに違いない。
テストの点数や内申点をまるでゲームのように積み上げて競争に勝つ。そうすることで親から褒められる。メダルやトロフィーの数こそが人生の順調さの代理指標になる。大きくなってからもそれは変わらない。何をやりたいかよりも偏差値の高低で大学を選び、ネットに流布する「就職難易度ランキング」みたいなもので就職先を選び、入社後も「この部署がエリートコースらしい」みたいな噂を信じて配属希望先を選び……。
その競争の過程で脱落し、文字通り「潰れて」しまった人もいる。その中には、そもそも馬鹿げた競争に参加することを望まなかった人もいるだろう。当人の意思に関係なく、あらゆる人を競争に巻き込み、消耗させてゆく壮大な機構。それが、少なくとも僕にとっての平成だったし、幸いにも僕はその機構の中で生き残り、成果を出すことが得意なようだった。だからこそ、誰かが決めたルールの中で終わりのない競争を続けるうちに、幸せになるための手段であるはずの競争に没頭し、いつしか競争で勝つことでしか幸せを感じられなくなっていた。
「正しいことをしていたい」Z世代の若者たち
「もう、そういう価値観は古いんですよ」
「学歴とか、タワマンに住むとかいうことに魅力を感じない」
「地方が面白くなってきてるのに、東京にしがみつく気持ちが分からない」
1冊目の本を出して少し経った頃、そんな論を得意げにぶつけてくる人たちと出会った。「Z世代代表」みたいな殊勝な肩書を自称して、ネットの討論番組なんかによく出ているような若者たち。彼らよりも10歳近く年上の僕はきっと彼らにとって、打倒すべき老害世代の象徴のように映ったのだろう。
「では、最近の若者たちの間ではどんな価値観が流行っているのですか?」と、僕は素直に尋ねてみた。タワマン文学と呼ばれる、若者たちが東京で不幸になる話ばかりを当時は書いていたから、インタビューで「東京の若者はどうすれば幸せになれますか?」とよく聞かれていた。しかし、僕はどういうわけか、その問いに上手に答えることができないままでいる。もしかすると、もう平成世代には救済の道はなく、代わりに令和の若者がそれを持っているのかもしれないと、僕は内心期待していたのだ。
「そう言われると……」と、しかし彼らは言い淀んだ。よくよく考えると、目の前にいる自称「Z世代代表」たちは慶應や早稲田に通い、東京の安くない家賃のマンションに住み、翌週もまたネットの討論番組に呼ばれるために他のコメンテーターたちに噛みついたりしている……。それは紛れもなく競争と消耗だった。僕たちとまるで同じじゃないか。それなのに彼らはなぜ、ああも「自分たちは正しい答えを持っている」とアピールするのだろうか?という疑問が、失望とともに残った。
令和時代の「正しさ」とは?
どういうわけか僕は、その疑問に取り憑かれた。思い返せば、自分も若い頃は「先輩たちの考えは古いですよ」と言っていなかったか? 新しい時代が訪れると、それを体現していると主張する新しい世代が現れて、古い世代を糾弾することはこれまで何度も繰り返されてきたんじゃないか?
もしかするとここには、時代と人間との関係性にまつわる本質、あるいは時代の中で人間が幸せになるためのヒントが隠れてるんじゃないか? 彼らへの失望は、いつしか不思議な執着に変質していった。そうして僕は「令和元年の人生ゲーム」という連載を始め、その中で2016年から2024年までの10年弱、つまり平成の終わりから令和の今日に至るまでの若者たちの迷走を執拗に描くようになった。
(麻布競馬場)
数ヶ月に渡る連載の末に、僕は「時代の発する正しい声」という概念に至った。それぞれの時代において「これが正しい」「こうするのが正しい」という、誰が発したのかも分からない声を、賢い僕たちは正確に聴いている。それなのに、僕たちはその通りに動くことができない。声の主は姿なき時代なのだから、その通りに動いてしくじったとしても誰もその責任を取ってくれない。刻々と変わり続けるそれを、明日もあさっても同じように信じてよいという保証もない。それに、少し前まで永らく聴かされていた別の正しさを、すぐに捨てられるはずもない。頭では分かっていても足はすくみ、たとえ走り出したとしても不安は消えず、遂には立ち止まってしまったりもする。その間も、時代は責めるように耳元で正しさを囁き続ける。その不安を解消するために、僕たちはつい、正しさを完全に理解したフリをしてしまう。
正しさを囁く時代と、その通りに動けない平成の僕たち。平成に取り残された僕たちと、正しさの証明のために平成を拒絶しなければならない令和の若者たち。皮肉なことに、どちらも「時代の被害者」という点において似た者同士だった。皮肉な話だが、だからこそ僕はそこに連帯の希望を見出している。だって、僕たちはみんな、同じ傷を抱えているはずなのだから。
令和の「正しさ」の先に幸せはあるのか
「この本はハッピーエンドなの?」と、ある友人から聞かれ、僕は「分からない」と答えた。本書は、心に小さな傷を抱えたひとりの青年が、自分なりの方法でそれを治癒すべく走り回り、その過程で他の人たちの、また別の種類の傷にまみれた人生を覗き見る小説だ。彼が至る結末は、彼にしか理解し得ない至高の幸福とも読めるし、廃墟のようなおぞましい不幸とも読める。著者である僕すらも、彼の胸の裡を完全に理解することはできない。
移りゆく時代と正しさの中で、少しずつ心の形が異なる人たちが美しく整えられた場所に押し込まれ、時に傷付け合い、時に救い合う。そんな何重もの複雑性の末に、僕たちの人生は不格好に形作られてゆく…… 結局、僕は「東京の若者はどうすれば幸せになれますか?」というインタビュアーたちの問いに対して、いまだ答えを見つけられていない。しかし、それでいいと思っている。たったひとつのことで全てが解決できるほど、人生は単純ではない。僕たちはきっと、悩み、惑い、苦しみながら人生を走り続けるしかないのだろう。その過程で誰かを傷付け、あるいは誰かから傷付けられたとしても。
迷走こそが若さだ。若さを喪ったとき、君の足は永遠に動かなくなる。流山おおたかの森あたりに戸建てを買って、草食動物のような穏やかな目をして、愛しいパートナーや子供とともに大量生産品みたいな暮らしを始める。それだってきっと、幸せなことなのだろう。しかし、若い僕たちはもっと遠くへ、もっと幸せな場所へ辿り着けるかもしれない。ここは大きな競馬場だ。若さと、そしてそれに伴う悩みや苦しみを自らへの掛け金として、一生に一度のレースを君は走るのだ。
さぁ、走れ。若さが尽きないうちに。君が行きたい場所へ、行くべき場所へと、息を切らして走れ。たとえ君が行き着く先が、今よりもひどい荒野だったとしても。そんな馬鹿げたことはしたくない、と真っ当なことを考えたところで、どうしようもなく湧き上がる自らの人生への過大な期待が、どうせ君を駆り立ててしまう。「成功できるかどうかは生まれた時点の親ガチャで決まってる」「必死で努力しなければ幸せになれない社会構造が悪い」だとかいう、正しい声に耳を貸すな。せめて君自身の足で若さを、無駄な期待を踏み殺せ。迷走の苦しみは、残念なことに若者の義務なのだから。だから走れ。賢すぎる君が、人生の可能性を知り尽くしてしまって、もう二度と走れなくなってしまうまで。
麻布競馬場(あざぶけいばじょう)
1991年生まれ。慶應義塾大学卒業。 2021年からSNSに小説の投稿を始めて以降、匿名アカウント「麻布競馬場」として活動。東京に疲弊し、それでも東京に生きることをアイデンティティとせざるを得ない人々をシニカルに描きだす作品は、「タワマン文学」として多くの支持を集めている。22年、ショートストーリー集『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』刊行。 24年、『令和元年の人生ゲーム』で第171回直木賞候補。








