雑誌『中央公論』の名編集者として知られた粕谷一希さんに『対比列伝 戦後人物像を再構築する』というたいへん面白い著作があります。もちろんプルタルコスの『対比列伝』、またの名を『プルターク英雄伝』に着想を得た、その戦後日本的変奏であり変化球なのでありましょう。文藝春秋の出していた「日本を元気にするオピニオン雑誌」『諸君!!』に連載され、一九八二(昭和五十七)年に新潮社から単行本化されたのですが、日本の戦後をさまざまな面から率いた人々の評伝を単体ではなく二人を対比させながら編んでゆくもので、とにかくそこには組み合わせの妙があったのです。

 小林秀雄と丸山真男であったり、花田清輝と福田恒存であったり。保守派と進歩派、左翼と右翼の壁を自由に越えて対をつくる。そうやることで、ついつい色眼鏡をかけてそれに慣れてしまっていると、気づきたくとも気づけない、思わぬ共通点や類似点や問題点が鮮明に浮かび上がってくるのです。

 中でも驚かされたのは林達夫と安岡正篤のセットでした。当時は中公文庫で読む人と思っていた林と、右翼思想家と理解していた安岡とが、教養主義的なところで交叉させられるとは、夢にも思っていなかったので、若かった私はびっくり仰天し、安岡の論じ方についてずいぶん学んだつもりになったものです。

 さて、戦後八十年とか昭和百年とかいう時節になって、日本の戦後を、戦争と平和、安全保障、アメリカといった、敗戦国の永遠のテーマのようなものを意識して瞥見できないかと考えたとき、人や事項をひとつずつ取り上げるよりはちょっと粕谷流で行った方が限られた紙幅でも話題が広がり得るのではないかとやらせていただいたのが本書ということになります。

 といっても、普段、重ならないように見える二人を対比させるのではありません。二人の時代を違えてそこから巧みに対比を際立たせてゆくプルタルコス流とも違います。論敵であったり、明らかに対極的であったり、はじめは近かったはずなのにずれていったり。どなたでもすぐ思いつかれるようなド直球という奴でしょうか。乱暴な言い方をさせていただければ、今の日本で戦争と平和に思いを致すとなったら、変化球を投げようと工夫している余裕がないと言いますか。戦後昭和をド直球で回顧した方が、今日を刺激するところが生々しく露出する。そんなつもりでございます。

 具体的に申せば、南原繁と小泉信三で戦後日本の出発点の立ち位置を確かめ、会田雄次と山本七平で先の戦争と軍隊と捕虜体験を振り返り、清水幾太郎と福田恒存で安全保障論議を見直し、石原慎太郎と江藤淳で戦後日本に覆いかぶさるアメリカなるものを幾らか文学的に吟味し、大江健三郎と吉本隆明から第三次世界大戦シンドロームといいますか人類滅亡幻想といいますか核時代の想像力に思いをはせる。そういう要領でございます。本書をまとめるにあたっては、いつもいつものご迷惑、ご担当いただいた前島篤志さんと宮田文久さんにたいへんなお世話をいただきました。もうおんぶにだっこでございます。深く感謝申し上げます。

 といっても今日の日本を取り巻く戦争と平和についての環境は戦後的想像力をはるかに凌駕してしまっているでしょう。アメリカも中国もロシアもすっかり変わってしまいました。それでもやっぱり昔話ではないつもり。よろしくお付き合いのほど、お願い申し上げます。


「まえがき」より