古代エジプト文明を紹介するとき、多くの歴史遺産の写真が図版としてもちいられる。主役はトゥトアンクアメン(ツタンカーメン)、ラメセス二世、クレオパトラなどの世界的に有名な王であり、その華やかな図版は、決まり切った形で多くの方の印象に残っているのではないだろうか。
ところが、それらの王の記録は、プロパガンダ、誇張、理想の形をあらわしたものが少なくない。本書では、そうした国家の表舞台のできごとを紹介するのではなく、国家を支えてきた、古代エジプト文化の主役ともいえる人びとが残した知恵、教え、そして日常生活での会話、恋文など、彼らを身近に感じていただけるものを紹介してみたい。
とくに、欧米の研究書などの資料から訳すのではなく、ここでは古代文字そのものを図版として採り上げ、直接それらを和訳した。
古代エジプトは象形文字ヒエログリフで知られている。そして私たちも、日頃は忘れてしまっているが、象形文字由来の漢字を使う。ヒエログリフを読むには、単語を覚え、文法も学ぶ必要があるが、象形文字ということから、古代エジプト人が、どのような文字を使って感情をあらわしていたのか、どんな言葉を発していたのか、ヒエログリフの表記を見るだけでも面白い。そんな彼らも実は日頃、象形文字を使っていることを忘れているという点は漢字を使う私たちと同じだった。
古代エジプト文化の研究は、一七九八年のナポレオンによるエジプト遠征(エジプト調査団として学者たちも同行)と、そのときに見つかった通称ロゼッタ・ストーンによるヒエログリフの解読からはじまった。解読の成果が発表され、さらに前進したのが一八二二年のことだ。そのときからヨーロッパの研究者たちは、それまでに発見されていた遺跡、遺物にのこされた文字の解読を進め、二〇世紀の半ばには、ほとんどの主要な史料は、ヨーロッパの言語に翻訳された。
日本には、そのヨーロッパの研究者の英語、フランス語、ドイツ語などの著書が伝わり、その翻訳をもとにして古代エジプトの情報が広まることになった。その証拠のひとつが「ツタンカーメン」の王名にある。その名を古代エジプト語で読むと、トゥト(似姿)、アンク(生きる)、アメン(当時の最高神の名)からなり、トゥトアンクアメン(アメン神の生ける似姿)と読むべきものだった。英語では、 Tutankhamen と表記する。それを当時の日本の訳者がローマ字読みして表記したのだ。事実、エジプトはもとより、海外で「ツタンカーメン」と言っても通じない。日本ではそれがあまりにも一般的になってしまったが、本書ではトゥトアンクアメンと表記する。ちなみに二〇二五年にギザに開館した大エジプト博物館(GEM)でさえ、説明板の日本語表記は「ツタンカーメン」になっている。
さらに、訳書を参考にすることで、古代エジプトをヨーロッパのキリスト教文化というフィルターを通して見ることになった。象形文字からなる古代エジプト文字の仕組み、多神教の文化は、日本の私たちのほうがはるかに理解しやすいのだから、直接、取り組むべきだろう。幸いなことに、古代文字の史料の多くは、ヨーロッパの研究者がすでに整理してくれている。本書では、それらをもとに、直接、古代文字にあたり、当時の人びとが残した声に耳を傾け、眼を向けてみた。
口絵ですでに紹介した文章は、来世のために残す墓の壁画には堅苦しいことしか書かれていないのでは? とイメージされていた方には、新鮮な驚きがあったのではないだろうか。さらにヒエログリフの活字は、比較、確認しやすいよう、壁画にあらわされているとおりに書き出していることにも注目していただきたい。三〇〇〇年もの長い間に残された文字史料のなかから、ほんの一部だが、この本で紹介していきたい。
「はじめに」より






