本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる

4~7世紀の日本に突如現れた極彩色の「古代のアート」装飾古墳の魅力とは?

出典 : #文春新書
ジャンル : #ノンフィクション

装飾古墳の謎

河野一隆

装飾古墳の謎

河野一隆

くわしく
見る
『装飾古墳の謎』(河野 一隆)

 今、古墳時代が熱い。古墳女子に墳活、古墳フェスに古墳フードなど、考古学の研究を始めた私の学生時代には思いもよらなかった大ブームが到来中だ。有難いことに、本書のテーマである装飾古墳も「古代のアート」として各所でワークショップがしきりに開催され、描かれた様々な文様をアレンジしたグッズが販売されている。しかし、装飾古墳は、いつでも好きな時に見られるものではなく、気候が落ち着いた春や秋のみに見学時間も限られるケースが大半だ。したがって、脚光を浴びている割に実際に見た人はあまりいない。

 装飾古墳の魅力とは何だろう? 私自身の経験でお許しいただければ、高校時代にさかのぼる。考古学ボーイ(大学で考古学を専攻する前から考古学が好きな少年)だった私は、家の近くに装飾古墳があることを知り、遺跡地図を片手に藪をかき分けながら探し回った。しかし、現地に到着しても夢にまで見た古代の芸術には出会えなかった。石室の入口は土嚢で固く閉ざされ、落胆して帰途に就くほかはなかった。しかし、ちょっと遠くまで足をのばせば装飾古墳を見ることができた。有名な特別史跡の福岡県桂川王塚古墳は、当時閉鎖されていたが、筑後川中流域には日岡古墳、珍敷塚古墳など国史跡に指定された有名な装飾古墳があった。高校生からの依頼は珍しかったのか、町の文化財担当の方は、車に乗せて懇切丁寧に装飾古墳を説明してくれた。もっとも、当時の私がそれを十分に理解できたとは思えないけれど、初めて装飾古墳をこの目で見た興奮と感激は今でも忘れられない。

 漆黒の闇を照らす懐中電灯の光に浮かび上がる、黒や赤の線。次第に目が慣れてくるとそれらが、人物や動物、幾何学文などの像を結ぶようになる。そして、絵解きのように装飾全体が一斉に語り始めると、1000年の時を経て古墳時代の芸術家と向き合っているという感覚に満たされる。まさに、装飾古墳とは古代からのメッセージなのだ。

 しかし、不幸なことに装飾古墳は、はじめから日本美術史の巻頭を飾る存在として評価されてきたものではなかった。文明開化を旗印に体系化された日本美術史は仏教美術から始まり、古墳時代以前のような先史・原史文化は埒外であった。今でこそ、縄文土器や土偶は、特別展を開催すれば、多数の来場者を数えるようになった。しかし、岡本太郎が縄文土器の美しさを再発見するまでは、美術と見なされなかった。装飾古墳も同様である。そのため、昭和39年(1964)に『太陽』で装飾古墳特集が組まれ、国民にその美が知られるまで古墳は荒れ放題のまま、多くの文様や古墳が人知れず消えていった。さらに、装飾古墳の分布が九州北部および中部と関東や東北南部に偏っており、古墳時代の中枢であった近畿地方中部に少なかったことも災いしている。後に畿内と呼ばれるこの地域を対象に研究が進められてきた考古学の世界では、装飾古墳はローカルな古墳文化に位置づけられた。逆に、飛鳥の高松塚古墳、キトラ古墳など壁画古墳のセンセーショナルな発見以降になると、装飾古墳は奈良県の飛鳥にしか無いという誤った認識も一般には広がった。

 本書を執筆した動機は、ひとえに装飾古墳を、日本の古代史・美術史にとどまらず、人類史の古代芸術として正しく知って欲しいとの願いからである。もちろん、私の見方を読者に押し付けるつもりはないし、本書の内容には私個人の意見が強く出過ぎている部分もあるかもしれない。本書が、装飾古墳の世界へ誘う道案内であるとともに、研究の定説とは言い切れない内容をも含んでいることは、予めお断りしておきたい。

 本書で論及する内容は、次の6点にまとめられる。

 (1)  九州固有の石人石馬が消滅し、装飾古墳の壁画が発達した原因は、筑紫君磐井の乱(527~528年)の勝者に対する敗者のレジスタンス芸術だったからなのか?

 (2) 近畿中央部にあまり分布しない装飾古墳は、はたしてローカルな古墳文化なのか?

 (3)  九州に日本の半数以上の装飾古墳が築かれたのは、大陸(中国)の壁画墓から影響を受けたためか?

 (4)  日本以外の地域でも飾られた埋葬施設はあるのか? また、どのような展開をしたのか?

 (5)  装飾古墳は、クロマニョン人が遺したラスコー洞窟などの洞窟壁画とは、いかなる関係にあるのか?

 (6)  本来、死者を人目から遠ざけるはずの埋葬施設に、なぜ人に見せるための壁画装飾が描かれるのか?

 すでにお気づきのように、本書は装飾古墳の概説のみを目的としてはいない。装飾古墳がどんなものかについては類書が存在するし、インターネット検索で情報を入手することも可能である。したがって、研究史や概説については最小限にとどめ、この人類史的な芸術に私たちはどのように向き合ったら良いのかを意識して書いた。本書を手にした読者が、一人でも多く装飾古墳に興味を持ち、実際に現地を訪れるきっかけになれば筆者望外の幸せである。また、近年では装飾古墳のレプリカを見学できる博物館も増えており、装飾古墳と出会う機会は私の学生時代と比べて格段に増えている。たとえ、それがかすかな声だったとしても、装飾古墳が語り出す古代のメッセージにぜひ耳を傾けてほしい。そのための手引きの書のつもりで執筆したのが本書である。


「はじめに」より

文春新書
装飾古墳の謎
河野一隆

定価:1,595円(税込)発売日:2023年01月19日

電子書籍
装飾古墳の謎
河野一隆

発売日:2023年01月19日

ページの先頭へ戻る