- 2014.12.10
- 書評
【史上初! 6冠記念クロスレビュー】ドラマとしても超一流
文:大矢 博子 (書評家)
『その女アレックス』 (ピエール・ルメートル 著/橘明美 訳)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
『この女アレックス』が海外ミステリ史上初の6冠を達成! 「このミステリーがすごい!」や「週刊文春ミステリーベスト10」など、日本のミステリ・ランキング4つを全制覇。本国フランスでも、英訳刊行されたイギリスでも高く評価され、賞を受けています。 驚愕の展開と、最後に明らかになる痛ましくも悲しい真実。しかし、「いったいどんな話なのか?」は語ることができません。なぜなら、101ページ目以降の展開にふれるとネタバレになってしまうからです。 そんな書評家泣かせの作品に、4人の読書通が挑みます。国内ミステリ・ランキング全制覇と6冠を記念してお贈りする「クロス・レビュー」。この傑作の多面的な魅力をお楽しみください。
この構成には驚かされた。心底、度肝を抜かれた。持っていかれた。希有な読書体験だ。
だが、それで終わらせてはもったいない。
冒頭でいきなり拉致監禁された女性、アレックス。警察が現場に急行するも、犯人どころか、被害者がどこの誰なのかもわからないまま時は過ぎる。その間、アレックスは「お前が死ぬところを見たい」という犯人に、拷問のような窮地に追い込まれていた。
犯人の目的は何なのか、アレックスはどうなるのか、警察は彼女を救えるのか――とまあ、当然そういう興味でページをめくるわけだ。そりゃそうだ。こういうオープニングで、それ以外の展開などあろうはずがない。
だが話が進むにつれて、読者は幾度も方向転換を迫られる。「ふふふ、なるほどね」と思った数分後には「……はい?」と本に向かって思わず問いかけ、「ひょえっ」と変な声を出しながらなんとか状況に追いつこうとする。そんな事態に何度も何度も出会うのだ。
うん、なるほど確かに、この構成には驚かされる。しかし、あまりに驚かされたが故に、構成についての感動が印象の大半を占めてしまいがちなのである。
それではもったいない。なぜなら本書は構成だけでなく、ドラマとしても超一流なのだから。
そこで提案したい。まずは普通に読まれたい。とてつもない吸引力で、あなたは一気に物語の虜になるだろう。エグい場面もある。苦しいシーンもある。けれど読むのをやめることはできないはずだ。それだけの「引き」が本書にはある。そしてその先には驚きの展開があり、読み終わったときには、この作者の企みに呆然とするに違いない。
さて、その次に。
本書の第一部と第二部は、警察の視点の章とアレックスの視点の章が、ほぼ交互に登場する。その、警察の章だけを二部の最後まで続けて読んでみて戴きたいのだ。
誘拐事件の報が入る。担当になったのはチビのカミーユに大男のル・グエン。ハンサムで金持ちなルイと、しみったれでドケチのアルマン。この個性的な4人が、誰が被害者なのかもわからない誘拐事件に、わずかな手がかりから地道な捜査で迫っていく。
通しで読むとアレックスの状況が差し挟まれるので読者は全体を俯瞰できるが、警察の章だけだと、この事件がいかに不可解なもので、どれほど警察が後手にまわっているかが実によくわかる。しかしそれでも彼らは根気づよく情報を集め、その情報を組み立て、少しずつ前進する。このくだりにはワクワクした。チームならではの醍醐味もたっぷり。実にエキサイティングな捜査小説になっているのだ。
さて次に、今度は二部の最後まで、アレックスの章だけをお読み戴きたい。こちらは破格のノンストップサスペンスだ。続けて読むことで、(かなりエグい描写もあるが)アレックスの持つ強靭な個性がより色濃く立ちのぼる。
それだけではない。警察の章だけを読んだときに感じた戸惑いや「何が起きてるの?」という疑問が一気に解決される快感があるのだ。とは言え、何が起きたかはわかっても、その意味がわからない。気になる描写は多々あるのに、形にならないもどかしさ。つまりこういう読み方をすると、アレックスの章は「種明かし」であると同時に「出題編」でもあるという構造の妙に触れることができるのだ。
さあ、そうしていよいよ、あらためて第三部を読む。初読のときの「予想を裏切られる快感」は影を潜め(だって一度読んでいるわけだからね)、代わりに警察の章とアレックスの章がまるでタッグを組むかのように、ひとつのゴールに向かってなだれ込むのをあなたは目にするだろう。その様子には神々しさすら覚えた。具体的に書けないのがもどかしいが、想いが昇華される感動が、そこにあるのだ。
辛い話もある。耐え難いエピソードもある。しかしそれらを踏まえてもなお、いや、だからこそ、本書は追う者と追われる者が織りなす極上の輪舞となりえたのである。
この贅沢な物語は幾重もの魅力を持っている。どうか余すところなく、二度三度と味わって戴きたい。
『その女アレックス』ミステリ評論の第一人者4名による読み比べ
・大矢博子「ドラマとしても超一流」
・千街晶之「最前線のフランス・ミステリ」
・瀧井朝世「拒絶するアレックス」
・三橋曉「警察小説のダークホース フランスより登場!」
-
『赤毛のアン論』松本侑子・著
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/11/20~2024/11/28 賞品 『赤毛のアン論』松本侑子・著 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。