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【史上初! 6冠記念クロスレビュー】拒絶するアレックス

【史上初! 6冠記念クロスレビュー】拒絶するアレックス

文:瀧井 朝世 (ライター)

『その女アレックス』 (ピエール・ルメートル 著/橘明美 訳)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『この女アレックス』が海外ミステリ史上初の6冠を達成! 「このミステリーがすごい!」や「週刊文春ミステリーベスト10」など、日本のミステリ・ランキング4つを全制覇。本国フランスでも、英訳刊行されたイギリスでも高く評価され、賞を受けています。  驚愕の展開と、最後に明らかになる痛ましくも悲しい真実。しかし、「いったいどんな話なのか?」は語ることができません。なぜなら、101ページ目以降の展開にふれるとネタバレになってしまうからです。  そんな書評家泣かせの作品に、4人の読書通が挑みます。国内ミステリ・ランキング全制覇と6冠を記念してお贈りする「クロス・レビュー」。この傑作の多面的な魅力をお楽しみください。

 2014年9月に邦訳が刊行されると、発売後2週間足らずで増刷が決定。その後も版を重ね、年末のミステリランキングの話題をさらっている『その女アレックス』。決して日本で有名なわけではないフランスの作家の邦訳2作目が、特別なきっかけがあったわけでもないのに、なぜ口コミで広まりここまで話題になったのか。イギリス推理作家協会賞受賞作という触れ込み、「あなたの予想はすべて裏切られる!」というオビの惹句、「最後に待ち受ける慟哭と驚愕」などと煽りまくる裏表紙の梗概、女性読者にもアピールするタイトル……などの相乗効果も考えられるが、なんといっても、これは作品の力だろう。

 冒頭、1人の女性がウィッグとヘアピースの店で試着を繰り返している。その女、アレックスは非常に楽しげだ。だが、彼女の人となりについての説明が積み重なるほどに、その人物像に微妙な揺れが生じてくる。かなりの美人だというのに本人は実感に乏しく、むしろ〈元来がコンプレックスのかたまり〉だという。まだ30歳なのに〈もはや人生に期待などしていない〉という枯れっぷり。男たちの視線を感じているのに、恋愛は諦めているというのもなんだか奇妙だ。〈今は計画のことで頭がいっぱい〉というのも何か含みを感じさせる。何か事情がありそうな匂いが漂っているのだ。

 店から出て食事を済ませ、街を歩きはじめたところで、彼女はいきなり不審な男に襲われて拉致される。目撃者が通報して警察が動くが、彼らは連れ去られたのが何者かすら掴めず、捜査は難航。一方誘拐されたアレックスは、全裸で狭い檻に閉じ込められ、精神的にも肉体的にも苦痛を強いられ、次第に衰弱していく。さらに危機感を強めるのが、彼女は家族とも疎遠で、恋人も親しい友人もおらず、しかも仕事を辞めたばかりだということ。つまり現在社会的に誰とも繋がりがなく、誘拐されたことに気づく人が1人もいないのだ。外の世界から遮断されたその檻の中で死んで、そのまま世間から忘れ去られてもおかしくない。圧倒的な孤独、屈辱的な状況のなかで、懸命に脱出を試みるアレックス。

 犯人は誰なのか、その意図は何なのか――という謎は話の主軸ではない(そもそも登場人物表で誘拐犯は特定されている)。タイトル(原題は「ALEX」)からしてこの女性の人物像に迫ることが主題だろうとは推測できるが、骨太に組み立てられた全三章は、各章読み心地も異なればアレックスの印象もがらりと変化し、読み手を翻弄する。

 正直なところを書くと、特にエンターテインメント作品に関しては、女性が性的に虐げられる話を積極的に読みたいとは思わない。いや、男性なら苛めてよいというわけではなく、女性だと同性ということもあって、より生々しく苦痛を感じてしまうのだ。下手するとトラウマになる。だから、さして必要もないのにそういう要素をやたら使う小説にはげんなりする。しかし『その女アレックス』の場合は、彼女自身から安易な同情や共感や共鳴を拒まれている気がした。「他人がどう思おうと関係ない、私は行動する」とぴしゃりと撥ね付けられていると感じたのである。物語の後半、彼女の秘密の全貌が明らかになった瞬間はもう、“とことん拒絶され切った”という思いに締め付けられた。「こうなる前になんとかならなかったのか」とも思いたかったが、それはあまりにもお気楽すぎるという自覚が先回りしてしまう。確かに間違いなく、「慟哭と驚愕」が待ち受けていた。

 その女アレックスについて知るには、彼女に拒絶される勇気と覚悟が必要だ。でも知れば、なんだかとてつもない人物に出会ってしまった、という感慨を抱くことができる。そこに生まれる複雑な感情の核が、好意なのか嫌悪なのかそれらとは別の複雑な何かなのかは、もちろん読んだ人だけにしか分からない。

『その女アレックス』ミステリ評論の第一人者4名による読み比べ
大矢博子「ドラマとしても超一流」
千街晶之「最前線のフランス・ミステリ」
・瀧井朝世「拒絶するアレックス」
三橋曉「警察小説のダークホース フランスより登場!」

その女アレックス
ピエール・ルメートル 橘明美訳

定価:本体860円+税 発売日:2014年09月02日

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