2014.10.02 書評

英国推理作家協会賞受賞の大逆転サスペンス

文: 橘 明美

『その女アレックス』 (ピエール・ルメートル 著/橘明美 訳)

『その女アレックス』(原題 Alex)は二〇一一年にフランスで発表された犯罪小説で、フランスのみならず、英米の批評家をも唸らせてきた。フランスでリーヴル・ド・ポッシュ読者大賞ミステリ部門(二〇一二年)を、イギリスでは英国推理作家協会のCWA賞インターナショナル・ダガー(二〇一三年)を受賞している。

 この作品を読み終えた人々は、プロットについて語る際に他の作品以上に慎重になる。それはネタバレを恐れてというよりも、自分が何かこれまでとは違う読書体験をしたと感じ、その体験の機会を他の読者から奪ってはならないと思うからのようだ。あるいは、著名なミステリ評論家のオットー・ペンズラーが、この作品は「私たちがサスペンス小説について知っていると思っていたことのすべてをひっくり返す。これは、近年でもっとも独創的な犯罪小説で、巧みな離れわざに私は繰り返し翻弄された。次に何が起ころうとしているのかやっと理解できた、と思ったとたん、足をすくわれるということが二度も三度もあった」(ミステリマガジン二〇一三年十二月号)と表現した体験だと言ってもいい。

 そんなわけで、ここでもストーリーについてはほんのさわりに留めることにする。ある晩、パリの路上で若い女(アレックス)が誘拐された。目撃者の通報を受けて警察が捜査に乗り出すが、被害者の行方はもちろんのこと、身元も、誘拐犯の正体も、誘拐の目的もわからない。その後、地道な捜査と思いがけない展開を経て、誘拐事件の謎のベールは少しずつ剥がれていくが、そのときにはすでに捜査の焦点も「その女を救えるのか?」から「その女は何者なのか?」へと変わっていた。

 各章が短く、第二部までは章ごとにアレックスの視点と警察の視点が切り替わる形式で、テンポが速い。どちらの視点に立っても謎があり、それぞれに新たな展開がある。この二つの視点がどこでクロスするのかと気が揉めるが、ニアミスは何度かあるものの、なかなかクロスしない。そうこうするうちに、誘拐事件で始まった物語は様相も次元も異なる事件へと発展し、読者を乗せた船は大きく舵を切る(それも一度ならず)。

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その女アレックス
ピエール・ルメートル 橘明美訳

定価:本体860円+税 発売日:2014年09月02日

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