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【史上初! 6冠記念クロスレビュー】最前線のフランス・ミステリ

【史上初! 6冠記念クロスレビュー】最前線のフランス・ミステリ

文:千街 晶之 (ミステリ評論家)

『その女アレックス』 (ピエール・ルメートル 著/橘明美 訳)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『この女アレックス』が海外ミステリ史上初の6冠を達成! 「このミステリーがすごい!」や「週刊文春ミステリーベスト10」など、日本のミステリ・ランキング4つを全制覇。本国フランスでも、英訳刊行されたイギリスでも高く評価され、賞を受けています。  驚愕の展開と、最後に明らかになる痛ましくも悲しい真実。しかし、「いったいどんな話なのか?」は語ることができません。なぜなら、101ページ目以降の展開にふれるとネタバレになってしまうからです。  そんな書評家泣かせの作品に、4人の読書通が挑みます。国内ミステリ・ランキング全制覇と6冠を記念してお贈りする「クロス・レビュー」。この傑作の多面的な魅力をお楽しみください。

「ああ、懐かしのフランス・ミステリ!」というのが、『その女アレックス』を手に取った際の私の感慨である。これには説明が必要だろう。

 私が海外ミステリに馴染み始めた頃(かれこれ四半世紀ほど昔だ)、英語圏の作品を除けば、最も多く邦訳されていたのはフランス・ミステリだった。モーリス・ルブランやガストン・ルルーといった古典は言わずもがな、それより新しい作家としてはセバスチアン・ジャプリゾ、ボアロー&ナルスジャック、フレッド・カサック、カトリーヌ・アルレーらがいた。ベルギー出身だがジョルジュ・シムノンも独自の存在感を放っていた。更に近年になると、ジャン=パトリック・マンシェットやジャン・ヴォートランらの犯罪小説が注目されたり、ポール・アルテやジャン=クリストフ・グランジェらの作品が「フランス新本格」として紹介されたりもした。

 では現在はどうだろう。英語圏以外の海外ミステリといえば、スティーグ・ラーソン『ミレニアム』のヒットで注目を集めた北欧ミステリ、『犯罪』のフェルディナント・フォン・シーラッハらを擁するドイツ語圏ミステリがシーンの中心だ。それにひきかえ、フランス・ミステリはフレッド・ヴァルガス、フランク・ティリエあたりを除き、いつのまにか邦訳が途絶えている状況だった。

 フランス・ミステリ好きにとってはなんとも寂しいこの状況を打破しそうなのが本書である。著者のピエール・ルメートルは初めて日本に紹介される作家ではないが(2009年、柏書房から『死のドレスを花婿に』が邦訳されている)、邦訳第2作の本書によって知名度が一気に急上昇した。

 物語は、ひとりの女性が檻に閉じ込められた状態でどこかに監禁されている場面から開幕する。監禁者は彼女をさんざん苦しめた果てに命を奪おうとしているようだ。彼女は必死にこの状況から逃れようとする。

 彼女の物語とカットバックで描かれるのが、小男のカミーユ・ヴェルーヴェン警部をはじめとするパリ警視庁の面々の動向だ。若い女性が拉致されるのを見たという通報を受けた彼らは捜査に取りかかるのだが、手掛かりはあまりにも少なく……。

 本書の内容について、記しても差し支えないのはここまでだろう。このあと、物語は目まぐるしく転調する。すれっからしのミステリマニアなら、「ははあ、ここからはあの有名な先例と似たような展開になるのかな」「それともあの先例かな」などと予想を立てたくなるかも知れない。どんな予想でも構わないだろう。本書の意外性はその更に上を行くものだから。

 先述のジャプリゾやボアロー&ナルスジャックらは、いずれもトリッキーで外連に富んだ構成で読者を眩惑し、先入観を巧みに利用してサプライズを演出する名手であった。ピエール・ルメートルは、明らかに彼らの技巧を体得している作家である。ということは、フランス・ミステリの最良の部分の継承者だということである。「昔のフランス・ミステリはトリッキーだったけど、最近のはどうも」というオールド・ファンも、本書を手に取って裏切られることはない筈だ。冒頭に記したような感慨を私が抱いた理由がおわかりいただけよう。

 しかし一方で、過激な残虐描写、警察官たちのキャラ立ち具合など、本書には明らかに昔のフランス・ミステリには乏しかった、現在に至る時代を潜り抜けてきたからこそ生まれた要素も色濃く存在している。過去の遺産と現代性が最良のかたちで融合した、最前線のフランス・ミステリ。それが『その女アレックス』なのだ。

 本書を紹介しようとすると、どうしてもそのトリッキーさについて語りたくなるのだが、もうひとつ、本書で是非注目してほしい点がある。それは、タイトルロールのアレックスについてだ。これまたあまり詳しくは語れないけれども、読み進めるうちにこれほどヒロインに対する感情を目まぐるしく翻弄されるミステリ小説は滅多にない。その点だけでも、本書は忘れられない読書体験を与えてくれるに違いない。

『その女アレックス』ミステリ評論の第一人者4名による読み比べ
大矢博子「ドラマとしても超一流」
・千街晶之「最前線のフランス・ミステリ」
瀧井朝世「拒絶するアレックス」
三橋曉「警察小説のダークホース フランスより登場!」

その女アレックス
ピエール・ルメートル 橘明美訳

定価:本体860円+税 発売日:2014年09月02日

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