書評

さまざまな秘密を隠して、湖は静かに凪ぐ

文: 千街 晶之 (ミステリ評論家)

『水底フェスタ』 (辻村深月 著)

 自分を取り巻く環境に馴染めず、閉塞感に悩んでいる若者を、著者はしばしば作品の主人公に選ぶ。その典型例は『オーダーメイド殺人クラブ』(二〇一一年)の主人公の中学二年生、小林アンだろうが、本書の広海はそこまで自意識過剰ではない。アンと違って既に高校生になっているということのほか、何よりリベラルな父のもとで育った影響が大きいだろう。村の旧弊な部分にある程度距離をおいていられる恵まれた立場だし、高校を卒業すれば村から出て行けるという目算もあるため、さほど環境に閉塞感を覚える必要はなかったのである。

 しかし、この村でずっと育ち、外部の視線で村を眺めたことのない広海は、聡明なようでも実は何もわかっていなかったのだ――自分を取り巻く環境の真のすがたを。由貴美が母親の復讐を企てていることを知った広海は、彼女の言うままに村で行われているらしい不正の証拠を探すことになる。だが真実は、広海どころか由貴美の想像さえも超えたものだった。

 本書の前半、広海の目に映る村は、旧弊な部分も多いとしても平穏そのものである。だが、由貴美との関係が深まるにつれて、村は次第に異なった相貌を見せ、広海の世界を侵蝕しはじめる。例えば、広海が物心ついた時から石垣に毎朝座って集落の子供たちの登校を眺めている老人という牧歌的な光景や、広海から地元に戻ってきた理由を訊かれた光広の「お前もそのうちわかるよ」という答えなどが、やがて別のニュアンスを帯びて再浮上するようになるのだ(閉鎖性とは無縁に見えた村がその正体を現すあたりは、先に列記したいかにもおどろおどろしい集落ミステリ群よりは、むしろ赤川次郎の最初期のある短篇を連想させる)。表向きの平穏を守るために構築された異物排除の仕組みの巧緻さは恐ろしいほどだ。睦ッ代村もまた、平和と繁栄のために醜悪な秘密を隠し持つオメラスだったのである。

 そして、物語後半に入ると、広海を取り巻く人々の殆どが、何らかの秘密を隠し持っていたことが暴かれてゆき、そのたびに広海は精神的なダメージを受けるのだ。ある秘密が明らかになって、これで終わりかと思っていると、更に残酷な秘密が暴かれる……という地獄めぐりが延々と続き、何が真実かさえも曖昧になってゆく。この後半が、読み進めるのが辛くなるほど読者の胸に迫ってくるのは、広海や由貴美の心情、そして二人を取り巻く人々を浮き彫りにする著者の筆致が、繊細でありながら容赦のないものだからだ。しかし、いかに人々が恐ろしい本性を曝け出そうとも、彼らが住む睦ッ代の自然はどこまでも美しい。

 物語の重要な局面でしばしば舞台となる水根湖は、広海の祖父の代に、県営の発電所を動かすために造られたダム湖であり、底には集落がひとつ沈んでいる。しかしそこには、今までにもっといろいろなものが沈められてきたのかも知れない。睦ッ代村の平穏を保つ上で都合が悪い、さまざまな秘密が。美しい水面は、それらを呑み込んで今日も静かに凪いでいるのだろう。

 睦ッ代村という共同体の正体を見届けた広海は、ラストである決断をする(ここもまた、「オメラスから歩み去る人々」の幕切れを想起させる)。今まで、著者はダークなテイストの小説を書くことはあっても、最後には必ず一筋の救いの光を入れてきた。本書のラストも、素直に読めばそうなのだろう。しかし、このラストを単純に救いのある終わり方だと言っていいのかどうか、判定は難しいのではないだろうか。

 選択の結果、広海を待ち受けているであろう険しい道のことだけを指しているのではない。睦ッ代村の体質は、この村だけの特殊なものではなく、この国のあらゆる共同体が、大なり小なり持ち合わせているものなのではないか。だとすれば、睦ッ代村という小さなムラの外に待ち受けているのがもっと大きなムラでないと、一体誰に言い切れるのだろうか……。そんな恐ろしい想像がおのずと湧いてきてしまうのも、共同体の病理をリアルに描き出してみせた著者の筆力の賜物に違いない。

水底フェスタ
辻村深月・著

定価:本体600円+税 発売日:2014年08月06日

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